第029話 普通の意味のゆっくり


 俺達が歩いていくと、広場に出た。

 広場はそこそこの広さがあり、大道芸人が何かの芸をしていたりして多くの人が集まっている。

 さらには屋台なんかもあり、憩いの場として賑わっているようだった。


「楽しそうですね」

「そうだな。えーっと、宿屋はあっちか」


 左の方に通りが見える。


「ですね。行きましょう」


 俺達は広場を抜け、さらに通りを歩いていくと、【風の住処】と書かれた看板のある宿屋を発見した。


「ここか」


 宿屋は2階建てであり、外観的には新築という感じではないが、しっかりと手入れがされており、清潔感がある。


「良い感じですね。高そうでもないですし、だからと言って安宿って感じでもないです」

「俺達にはちょうどいいな」


 俺達は扉を開け、宿屋の中に1歩足を踏み入れる。

 すると、温かみのある色合いの木材が落ち着いた印象を出しており、落ち着く空間が広がっていた。


「いらっしゃい」


 奥にある階段の近くの受付に黒髪のおばさんが座っていた。


「こんにちはー。泊まりたいんですけど、空いてます?」


 エルシィが前に出て、おばさんと話す。


「空いているけど、一部屋なんだよ。ベッドが2つある2人部屋で7000ゼルだけど大丈夫?」

「大丈夫です」


 高すぎず安すぎずのちょうどいい値段だな。


「晩御飯と朝食が付くけど、どうする?」

「3食分をお願いできますか?」

「3食? それはいいけど、そんなに食べるの?」


 俺もエルシィも細身だからそんなに食べるようには見えないだろう。


「あ、ウチの使い魔ちゃんが食べるんです」

「使い魔でーす」


 エルシィが抱えているウェンディが手を上げる。


「人形じゃないの? えーっと、使い魔?」

「そうでーす」


 今さらだけど、天使のくせに使い魔を名乗ってもいいのだろうか?


「へー……たまにお客さんで使い魔持ちの魔法使いをみたことがあるけど、鳥とか猫なんかだったけどねー……こういう使い魔もいるんだね」


 おー、納得している。

 器が大きい人だ。


「そうなんですよー。この子も食べるんで3食です」

「まあ、わかったよ。用意しておく」

「じゃあ、とりあえず、1泊でお願いします」


 エルシィは頷いて7000ゼルを支払った。


「確かに……じゃあ、これが鍵ね。部屋は2階の一番手前の部屋だから」


 おばさんが鍵をエルシィに渡す。


「ありがとうございます」


 俺達は近くにある階段を昇ると、手前の部屋に入った。

 部屋の中は木材の茶色を中心とした全体的に落ち着いた色調であり、窓から入る日の灯りが安らぎのひとときを感じさせてくれる。

 広さも10畳以上はあり、ベッドが2つある。

 窓際にはテーブルもあり、部屋の一角にはお茶セットまであった。


「良い部屋だな」

「そうですねー。先輩、お茶を飲まれますか?」

「そうだな。淹れてくれ。俺はちゃちゃっと作ってしまう」

「はーい」


 エルシィが部屋の隅に行き、お茶の準備を始めたので窓際のテーブルにつき、先程、イレナの店で買った物を取り出した。


「何を作るんですか?」


 ウェンディがふよふよと飛んできて、テーブルに着地して聞いてくる。


「お前の食器だ。フォークとナイフ、それにグラスを作ってやるよ」


 前に言っていたやつだ。


「おー! ありがとうございます!」


 ウェンディは両手を上げて喜んでいる。

 非常に可愛いと思う。


「すぐに作ってやる」


 まずは鉄鉱石を錬成し、鉄のインゴットを作る。

 そして、それをウェンディのサイズにあったフォークとナイフに変え、そこに銀でコーティングをした。


「あれ? もうできました?」

「こんなもんはすぐだ」

「エルシィさーん、こんなに早くできるものなんですかー?」


 ウェンディがお茶の準備をしているエルシィに聞く。


「先輩は恨まれたり、嫉妬を防ぐためにいつも手を抜いているけど、本気を出せばイラドで一番を名乗ってもいいくらいの人だからー」


 その通りなのだ。

 貴族連中を立てないとイラドではやっていけない。


「へー……それは良い旦那さんを捕まえましたね。将来が安泰です」

「声をかけてきたのは先輩の方だから捕まったのは私ー。ここ重要」

「なるほど。レスターさんがナンパしたわけですか。良い奥さんを捕まえましたね」


 確かに声をかけたのは俺だけど、ちょっと違うような?


「そうだな……ほれ、お前のグラスだ」


 ウェンディの前に小さいガラスのグラスを置く。


「あれ? 話している間にもうできました?」

「この程度はすぐだっての。さっきエルシィが褒めてくれたが、あいつだってこのくらいはできる」


 エルシィだって同じ理由で実力を隠していた。

 まあ、そうしろって言ったのは俺なんだけど。


「へー……」

「いや、そこまで早くはできませんから」


 エルシィがお茶セットを持ってきた。


「それでも数分でできるだろ」

「まあ……」

「やっぱり御二人ってすごいんですね。アトリエを開いても上手くいきそうです」


 そのために資金を集め、場所を選ばないといけないんだよな。


 俺達はお茶を飲みながらゆっくりと過ごし、身体を休めた。

 そして、少しすると、腹が減ったので1階に降り、食堂で夕食を食べる。

 メニューは鳥肉のソテーにパンやサラダが付いたセットだった。


「イレナさんが言っていた通り、美味しいですね」

「確かにな」


 口の中でほろほろと崩れ、それと同時に口の中に旨味が広がっていく感じが絶品だ。

 どんどんと食べたくなるし、パンとも非常に合う。


「とても美味しいです。それにフォークとナイフが使いやすいです」


 ウェンディは早速、俺が作ったナイフとフォークを使っていた。


「なら良かった。後で部屋でワインを飲むからグラスも使え」

「おー! そうしましょう!」


 俺達はその後も食を楽しんでいき、部屋に戻ると、ワインを飲む。

 ウェンディも自分用のグラスで嬉しそうに飲んでいたし、俺達も話をしながらゆっくりと過ごしていった。

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