第14話

 統制評議会との激戦を終え、ウィンドヘイムに再び平和が訪れたある夜、ユイは診療所のベランダに立って、満月を見上げていた。柔らかな月光が、ユイの顔を優しく照らし、彼女の長い髪を風がそっと揺らした。その夜風は、久留米の夏の夜に吹く、心地よい風のようだった。

「ユイ、まだ起きてたのか」 背後から、レオンの声がした。振り返ると、彼がいつの間にか隣に立っていた。彼の顔には、疲労の色が残っていたが、その瞳は、月光を映して静かに輝いていた。彼の体からは、いつもと同じ、油と金属、そして微かな薬草の匂いがした。

「ええ。なんだか、眠れなくて。この町の平和を見ていると、色々なことを考えてしまうの」 ユイは、月を見上げたまま、静かに答えた。

 レオンは、ユイの隣にそっと寄り添った。言葉を交わさなくても、二人の間には、心地よい沈黙が流れていた。彼らは、幾多の苦難を共に乗り越え、世界の危機を救ってきた。その中で、二人の間には、単なる戦友以上の、深い感情が育まれていた。それは、久留米の筑後川が、悠久の時を経て、様々な水を飲み込みながらも、常に同じ方向へと流れ続けるように、確かなものだった。

「……ユイ。お前は、この世界に、本当に大きな光をもたらしてくれた」 レオンが、ぽつりと呟いた。彼の声は、普段の寡黙さからは想像できないほど、優しさに満ちていた。

 ユイは、その言葉に驚き、レオンの方を向いた。彼の真剣な眼差しに、ユイの心臓が小さく跳ねた。 「レオン……それは、あなたも同じよ。あなたの知恵と力がなければ、私たちはここまで来られなかった」

 レオンは、ユイの言葉に、わずかに頬を赤らめた。そして、ゆっくりと、ユイの手を取った。彼の指先は、いつも機械をいじっているためか、少しだけゴツゴツしていたが、その温もりは、ユイの心を静かに満たした。久留米の夜、遠くで聞こえる花火の音に、手を握りしめた時の、あの確かな温かさと同じだった。

「俺は……お前がいたから、ここまで来られた。お前がいなければ、俺はきっと、あの絶望の中に囚われたままだった」 レオンの声は、震えていた。彼の脳裏には、かつてリリィを失った時の、深い悲しみと無力感が蘇っていた。しかし、その悲しみは、今、ユイの存在によって、温かい希望へと変わろうとしていた。

 ユイは、レオンの言葉に、瞳を潤ませた。彼女もまた、この異世界で、孤独と不安に苛まれる中で、レオンという存在にどれほど救われてきたかを知っていた。彼らの手は、固く握り合わされ、互いの体温が、静かに伝わり合った。

 その時、レオンがゆっくりと顔を近づけ、ユイの唇にそっと触れた。それは、突然の出来事だったが、ユイは抵抗することなく、その唇を受け入れた。レオンの唇は、少しだけ荒れていたが、そのキスは、ユイの心に、これまで感じたことのない甘い熱を灯した。それは、久留米の春の桜並木を、二人で歩くような、穏やかで幸福なキスだった。

 キスが終わると、二人はしばらくの間、無言で見つめ合った。互いの瞳の中には、相手の姿が映り込み、その視線は、深い愛情と、確かな未来への希望に満ちていた。

「レオン……」 ユイが、小さく彼の名を呼んだ。

「ユイ……」 レオンもまた、ユイの名を呼んだ。

 二人の間には、言葉はいらなかった。ただ、互いの存在が、そこにあるだけで、全てが満たされるような、深い安堵と幸福感が満ちていた。彼らの恋愛は、急激な盛り上がりではなく、苦難を共に乗り越える中で、ゆっくりと、しかし確実に育まれてきたものだった。

 その夜、二人は互いの手を握りしめ、ウィンドヘイムの夜空に輝く満月を、いつまでも眺めていた。月明かりの下、二人の影は、一つになって寄り添い、久留米の夜空に輝く、無数の星々のように、遠くても確かな光を放っていた。彼らの未来もまた、無限の可能性を秘めて、輝き続けているのだと、ユイは確信した。

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