第39話 魔王様のお仕置き
予想外の言葉に目を丸くしたシャーロットに、スティーヴンは呆れたように眉間を指で押さえる。
「無自覚だったのか…」
「そのようなことは…した覚えが…ないのですが…」
「首枷を仕方のないものだと思ったり、養父と侍女を庇って服を脱ごうとしたり、自身の腕を平気で切り裂いたりしたことをもう忘れたか?そのうえ今回は拳銃か」
「蔑ろにしたわけではありません!わたくしはただ、」
「他者と比較して自分は死なないから大丈夫だ。相手が傷つくのを見ているくらいなら自分が傷を負ってしまえばいい。どうせ死なない」
完全に言い当てられてしまった。
「わたくしは死なないけれど、皆さんは違うでしょう?それなら、わたくしが」
「死ななくても、痛いことには変わらない。例え話だが、死なないから平気だと君の侍女が、君を庇って血を流したらどう思う。死ななくても、彼女には痛覚も感情もある。君はどんな気持ちになる」
(そんなこと、考えたこともなかったわ。)
ジャスミンはあの時、どんな気持ちだっただろう。どんな気持ちで怒って、呆れたんだろう。
「君は死ななくても人間だ。痛覚も感情もある人間なんだ。頼むから、もっと自分自身を大事にしてくれないか。俺の愛する人を大事にしない奴は、例え本人であっても許さない。わかったか」
頷いたシャーロットに、スティーヴンが深い溜息を吐きいつものように優しく抱き寄せた。
「こら、唇を噛むな」
泣いてしまいそうで強く唇を噛んでいたが、スティーヴンに咎められてしまう。
「……スティーヴン様」
「ん?」
まだ少し機嫌が悪そうな様子に、更に泣きそうになりつつも、彼の胸元の服を強く掴む。
「いつものように、呼んでくださいませんか」
『君』は、寂しいです。
そう言うと、スティーヴンは深い溜息を吐いた後、シャーロットの唇を指でなぞった。
「じゃあ、俺のことをスティーヴって呼んで。嗚呼、でも、それだけではお仕置きにはならないか」
ぎょっとしたシャーロットをスティーヴンは逃さない。スティーヴンの足を跨ぐように座っているだけでも恥ずかしいのにも関わらず、まだ何かお仕置きがあるのか。
「自分からキスして」
一気に頬が紅潮し、体が熱く火照った。
そうする以外の選択肢は、シャーロットには始めからないのだろう。
「…スティーヴ……………様」
「駄目だ。ほら、もう一度」
「で、でも、スティーヴン様は王太子殿下ですし、魔王様ですから、身分が…」
「ふうん。じゃあ、身分相応にフローリー家のシャーロット嬢と呼べば満足か?」
「嫌です!」
食ってかかるような返事をしてしまったことに、自分で自分に顔を顰めつつ、羞恥心と戦う。
「スティーヴ」
ぶっきらぼうな言い方になったのは大目に見て欲しい。
「もう一度」
「……スティーヴ」
「ちゃんと目を見て言わないと離さない」
かなり躊躇しつつも顔を上げると、思ったよりも距離が近い。いつ見ても整った顔をしている。この綺麗さを前に狼狽えない人がいるのなら教えて欲しい。
「スティーヴ」
満足そうに目を細めるスティーヴンは心底楽しそうで、自分ばかり余裕がないことが悔しい。
赤面するシャーロットに、スティーヴンは意地悪い笑みを浮かべて自身の唇を人差し指で軽く叩く。
(そこに口づけろと言うの?そんなの、無理よ…。)
「できないか?」
俯いたシャーロットに、スティーヴンが意地悪く言葉を落とす。
(いつも余裕があってずるい。わたくしばっかり、恥ずかしい。)
なんだか悔しくなってきた。謎の闘争心と勢いに任せて顔を上げる。
(わたくしだって、これくらい…!)
スティーヴンの服の襟元を両手で掴み、その勢いのまま口づけた。
――――口の端に。
(ずれちゃった…!)
精一杯の勇気を振り絞ったにもかかわらず、詰めが甘いというか、何というか。
恥ずかしさやら動揺で固まったシャーロットに、スティーヴンが吹き出した。
大きな右手で口元を覆い、遠慮なく肩を震わせて笑っている。
一頻り笑ったスティーヴンの目には、笑いすぎて涙の膜が張っていた。シャーロットは恥ずかしさのあまり硬直したまま俯くしかない。
「本当に……なんでそんなに可愛いんだ」
すらりと長い指が頬に触れ、顔を持ち上げられた。
「ロティーが上手にできるよう、教えてやらないとな」
慌てて首を振ろうとしたが、それは叶わなかった。
唇に柔らかいものが触れる。長い指が耳の形を確かめるようになぞり、もう片方の手で頭を固定されて動くことができない。
ついばむような口づけが、次第に深いものへ変わっていくのがわかる。
怖いくらいの気持ちよさに流されてしまいそうだと思ったその時、そのままソファーに倒された。
(駄目!駄目です、これ以上は…!)
婚約者とはいえ、このような行為は結婚後が望ましいとされている。立場的にもこれ以上はよろしくないだろう。
胸元を押してもびくともしない。大きくて固い身体に覆いかぶされ、抵抗などできる筈もない。
ふやけて使い物にならない脳を必死に動かそうとしたが、熱くて柔らかいものが口の中に入っていたことで思考は途切れる。
意図せず、艶っぽい声が漏れたのが限界だった。
瞬時に近くにあったクッションを掴み、スティーヴンをそれで殴った。
ソファーに転がった状態で殴ったため威力は全くなかったが、行為を止めるには充分だ。
「もっ……う!やりすぎ、です…っ!」
息が切れて上手く声が出ない。恥ずかしさのあまり手に持ったクッションを何度もスティーヴンにぶつける。
(馬鹿、馬鹿!変な声が出ちゃったじゃないっ!)
「可愛くて、つい」
「つい、じゃないっ…!」
「嫌だったのか」
「いっ……!」
勢いで答えそうになって口を噤む。これ以上は墓穴を掘りそうだ。
「あの、もう帰っても、よろしいですか…」
早々にこの場を去りたい。去れないのならばせめて側近や秘書官をこの部屋に入れて欲しい。
「潜入調査を辞めて大人しく屋敷に帰るのならな」
(そうだった……!わたくしは今からこの方を説得しなければならないのでしたわ、そうでした!)
気疲れから気が遠くなりそうだった。
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