第35話 情報共有

 午後の勤務を終え、シャーロットは寮へ足を運んでいた。

 今日から長くて一週間過ごすことになる寮はなかなか古い。築年は軽く百年は超えているのではないかと思う。

 二人部屋の室内は案外広いが、二段ベッドと机が二つ、棚が一つとかなり殺風景だ。

「シャーロット様!」

「ただいま、ジャジー」

 部屋に入るとジャスミンが待ち構えていた。二人部屋の同室者は勿論ジャスミンだ。

「大丈夫でしたか?何か危険なことなどは」

「してないし、何もなかったわ。大丈夫よ」

 何をするにもきっと逐一フェリクスに報告されるのだろうな、と苦笑いしつつ、心配そうなジャスミンを宥める。

「ジャジーも今日、夜勤ないわよね」

「はい。夜勤は明日です」

「じゃあ、さっそく今から行くわよ!書庫へ!」

 きらきらと目を光らせたシャーロットに、ジャスミンが呆れたように溜息を吐く。

 調査のためとはいい、本好きのシャーロットは胸が高鳴ってしまう。関係者以外立ち入り禁止の機密事項が記された書籍が大量に保管されている書庫だ。わくわくしない方がおかしい。

「いい?私カロリーナと、ええと……」

「ジルです」

「そう、ジル!カロリーナとジルは寮が同室で話してみると気が合った。本が好きで意気投合し書庫へ向かった……といった設定でいいかしら」

 念のため確認するとジャスミンは諦めたように息を吐いて頷いた。



〇  〇  〇  〇  〇  〇



 まだジャスミンはシャーロットが潜入調査することに反対しているようだ。早々に諦めて欲しいが、気持ちがわからなくもないため強くは言えない。

(みんな心配性なんだから…仕方ないわね。)

 フェリクス、ジャスミン、そしてスティーヴンも心配性だとシャーロットは思っているが、決してそんなことはない。シャーロットが自分自身に関することには驚くほど無頓着であるため、周囲が心配せざるを得ないだけなのだが、そのことを本人が知る由もない。

「広いわね。ジャ……ジル見て、珍しい資料があるわ」

「わあ!すごく分厚いね!」

「ふふ…っ」

 思わず笑ってしまうと、ジャスミンの眉間に皺が寄った。慌てて咳払いをしてジャスミンに微笑みを向ける。

「そうね。たくさんあってどれを見ようか迷ってしまうわ」

 書庫には数人退魔師がいた。怪しまれないよう、ジャスミンと会話をしながら書籍を次々と手に取る。この様子を見て、まさか全て暗記しているとは誰も思わないだろう。

(う~ん。ここにある資料全てに目を通すことは不可能ね。)

 ざっと見ただけでも全て目を通すには一か月以上はかかるだろう。

「ジルは聖神力について記した本を探しに来たのよね」

「うん、そうだよ。ちょっと見てくるね」

 意図は伝わったらしい。ジャスミンの背中を見送り、視線を手元に戻す。

(手分けして情報を集めたほうがいいわね。取り敢えず今日中には退魔方法を……ん?)

 ふと視線を上げるとドウェインが書庫へ入ってくるのが見えた。素知らぬふりで本を読み続けるか本棚に身を顰めるかで迷ったが、そのまま本を読み続けることにした。

 シャーロットの中でドウェインは要注意人物としてチェックされている。

 昼休憩の際、彼がグレイシーへ向けた視線に、シャーロットは既視感を覚えていた。

(あの目は、支配と執着の目。)

 グレイシーが怯えていたのは一目瞭然だった。そのうえ、その様子を見てドウェインは満足気な笑みを浮かべていた。優しさのない、支配できている快感を確かめるようなあの視線を、シャーロットは知っている。

 新人退魔師が読みそうな入門本を手にし、目を通すふりをしながらドウェインを目で追う。

(彼は確か保守派だったわよね。グレイシー先輩が気をつけなさいと言っていたのは、どういう意味なのかしら。何故保守派が危険なの?危険そうなのは反共存派なのに。)

 手元の書籍に視線を数秒落としていただけだったが、顔を上げるとドウェインが姿を消していた。

(今あの方に関わってはいけない気がするわ。なるべく目をつけられないようにしましょう。)

 考え事をしつつ、書籍を読み漁っているとあっという間に時間は過ぎた。

「カロリーナ、そろそろ戻ろう?」

 ジャスミンから声が掛かって顔を上げると、既に外は夜闇に包まれていた。

 ジャスミンと他愛のない会話を交わしながら部屋へ戻った。



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 ジャスミンと情報を共有する。あの短時間のうちに集めたにしては上出来の量だ。

 シャーロットは退魔方法について、ジャスミンは聖神力についてある程度の情報を得た。

「退魔方法は五段階あって、ピラミッド型に分類されているみたい」

 手元のメモ用紙に三角形を描き、その中を四本線で区切る。

「一番下の五は『補導』、四は『勧告』、三は『刑罰』、二は『退魔』、一番上の一は『浄化』」

 ジャスミンに説明しながら図に記入していく。

「『補導』は人間の畑を荒らしたとか子どもの悪戯程度のものが対象で、退魔師が行うのは注意のみ。『勧告』も悪戯程度のものだけど、人間に危害を加えそうだと判断された場合が対象で、言葉通り勧告。無視して繰り返し行えば三の『刑罰』の対象にもなる。『刑罰』は窃盗や人間への暴行が対象、人間と同じように刑務所へ入れられるみたいね。『退魔』は人間を殺した場合、又は殺意が明確だった場合が対象ね。方法は魔道具や魔導書を使った退魔。そして『浄化』は……記載がなかった」

「それは……気になりますね」

「聖神力の書籍に何か情報はあった?」

「聖神力は魔力を封じる力であるという認識の裏付けが取れました。あと、単眼の烏が凍傷を負っていた原因がわかりました」

「本当!?」

 それは大きな情報だ。思わず大きな声を出してしまい、慌てて口元を手で覆う。

「はい。原因はこれです」

 ジャスミンが自身のワンピースを捲る。露わになった形の良い右太腿に装着されたレッグホルスターを指差す。

「この拳銃は聖神力によって作動します。発射された弾は人間には効かず、魔物だけに効き、動きを封じる効果があるそうです。それも相手に凍傷を負わせて動きを封じると記載されていました」

「……それを悪用しているなんて、いただけないわね」

 人間に悪さをしたわけでもない魔物の動きを封じるなど、あってはならないことだ。退魔条約にも違反している。

「あと、職務中に得た情報ですが…」

 ジャスミンがレッグホルスターに拳銃を納め、スカートの皺を軽く叩いて直す。

「反共存派は権威者が多いようです。派閥の人数割合は共存派が六割、反共存派が三割、残りが保守派です。退魔師たちの会話を聞いている限り、注意すべきは共存派と反共存派の対立だと思われます」

 共存派が多い、という情報に安堵した。魔物たちへの偏見が強い国だが、魔物たちに関わっている者たちに理解者が多いのなら、この先希望は見える。

「シャーロット様の教育係、グレイシー二級退魔師ですが、書類では共存派とありましたが彼女は保守派です。それも保守派組織の幹部です」

「幹部…!?そう……だったの」

 驚いたが、ジャスミンが言うのなら正しい。彼女の情報が間違っていたことなど今まで一度だってない。

(でも、嘘を言っているようには見えなかったのよね…。明日もう少し踏み込んでみようかしら。)

「保守派についての情報がもう少し欲しいわ。調べてくれる?」

「反共存派ではなく、ですか?」

 不思議そうなジャスミンに頷く。

「なんだか引っかかるの」

 上手く言葉で説明できないが、シャーロットは保守派に対して違和感を芽生えさせていた。保守派の幹部であるグレイシーが共存派であるとわざわざシャーロットに伝えたこと。グレイシーが直属の上司であり保守派であるドウェインに怯えを見せたこと。そして、

「保守派には気をつけなさい、という言葉に嘘はないと思うの。共存派だと言った言葉にも偽りは感じなかったわ」

「……脅されている可能性がある、ということですか」

「わたくしの推測に過ぎないけれど…」

「わかりました。調べてみます」

「ありがとう」

 派閥は何となく存在しているものだと思っていたが、組織までつくられているとは。

「組織のことを退魔師協会は知っているのかしら」

「旦那様に一報入れておきます」

 退魔師協会最高指揮官とのコンタクトはフェリクスに任せるのが賢明だろう。ジャスミンの言葉に頷き、一先ず情報共有は終了した。

(明日調べなければならないことは、退魔方法の『浄化』についてと、グレイシー先輩についてね。)

 説明に使用した紙を魔術で燃やす。潜入に気づかれることがないよう、最新の注意を払わなければ。

「シャーロット様、一つよろしいですか」

「ええ」

「今回の潜入に関して、スティーヴン様には予め了承は得ていますよね?」

「了承がいるの?」

 シャーロットの言葉に、ジャスミンが目を丸くしたかと思えば、深い溜息を吐いた。

「もしかして、とは思っていましたよ。思っていましたけど…」

「あっ、でも調査するのはいいって。何かあれば報告するようには言われているわよ」

「潜入については一言も伝えていないのですよね?」

「ええ、言っていないわ。駄目って言われそうだからジャジーも黙っていてね」

 スティーヴンはフェリクスよりも説得するのが難しそうだと思い、わざと告げていない。

 シャーロットはそもそも伝える必要性も感じていないが。

「凄くお怒りになると思いますよ」

「どうして?お仕事の邪魔はしていないわ」

「……シャーロット様は一度危機管理能力に関して見直された方が良いと思いますので、スティーヴン様に気づかれた暁にはしっかり叱られてください」

「えっ、ええ?叱られるの?」

(まだ無茶はしていないし、叱られるようなことをした覚えはないのだけれど…。)

 困惑の声を上げたシャーロットに、ジャスミンは諦めたように微笑むだけだった。

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