第32話 一つの可能性

 スティーヴンの転移魔法によって屋敷へ戻ったシャーロットは、真っ先に図書室へ向かう。フローリー家には本屋顔負けの図書室があり、本好きのシャーロットの為にフローリー夫妻が集めた書籍やシャーロット自身が集めた書籍、人から頂いたものや倒産した本屋から買い取ったものなど、経緯も分野も様々な書籍が揃えられている。

 本が傷まないようにカーテンは年中閉ざされ、湿度と気温まで管理された図書室は少々埃っぽい。明かりを灯し、今回の件と関係がありそうな書籍を片っ端から漁っていく。

「お願いがあるのだけれど」

 フローリー家に仕える年長者、執事のロバートに声を掛けると、珍しいものを見るように眉を微かに上げた後、微笑みを浮かべた。

「何なりと」

 普段頼み事はジャスミンにしているからか、頼みごとをされたことに驚いたようだ。

「城下町にある本屋で魔術や魔物に関する資料を片っ端から集めてきて欲しいの。金に糸目はつけないわ、わたくしが払うから。詳しい場所は御者に聞いたらわかるわ」

(香り袋や研究報告を売っておいてよかった。自分の稼ぎならお養父様も文句は言えないでしょう。)

 なるべく早く情報が欲しいため頼んでみると、ロバートは嬉しそうに頭を垂れた。

「かしこまりました」

「用意でき次第、わたくしの部屋に運んでくださる?ごめんなさいね、突然こんなことを頼んで」

「いいえ。お嬢様のお願いですから喜んで。ですがお嬢様、睡眠時間を削ってはなりませんからね」

「ええ。わかっているわ」

 本好きなシャーロットが睡眠時間を削る度、よく叱られたものだと思い出す。昔から世話焼きな性格は変わらないようだ。くすぐったいような優しさに笑みを浮かべると、ロバートは安堵したような表情を浮かべ、部屋を後にした。

 日が暮れ始めた頃、ジャスミンは多くの情報を手に戻ってきた。想定よりも早い帰宅と情報の多さに感嘆する。

「魔物が負傷した現場を何件か回ったのですが、そこで共通の目撃証言を得られました」

 ジャスミンによると、現場近くで黒いローブを着た人物が目撃されたという。魔術が使われた痕跡はないが、負傷した魔物の様子から何らかの力が使われたことは間違いない。負傷した魔物は共通して空を飛ぶもので、どの魔物も凍傷を負っていた、とのことだ。

「どこでどの魔物が怪我をしたか…は魔物たちに聞けばわかるわね」

 自室の床に地図を広げる。地図の四方に書籍を置き、巻き戻ってこないようにしてから今現在わかっている事件の発生現場に印をつけていく。

「犯行時間は恐らく深夜から明け方ね。魔物は夜活発に動く子が多いから…」

 呟きながら犯行範囲を確認すると、王都からそう離れていない範囲で事件が起こっているとわかった。

「回復魔術が効かない力って……何かしら」

 回復魔術は魔物の応急処置に最も適しており、できるかどうかは置いておいて、実際そのように学園でも学んだ。人間には効かないが魔物には効く回復魔術が、凍傷には効かなかった。

「う~~~ん、なんでなのよ。回復魔術が効かない症例なんて、ここのどの書籍にも載っていなかったし…」

 床に散らかった書籍の山を、ジャスミンが文句ひとつ言わず整理していくのを眺める。

「魔術が効かないなんて可笑しな話ですよね」

「本当、困ったわ……ん?待って、魔術が効かない力って…」

 シャーロットの言葉に、ジャスミンがハッと息を呑む。

「聖神力」

 シャーロットの言葉に、ジャスミンが大きく頷く。

 魔術が効かない力。シャーロットが以前まで首につけていた魔道具をつくる際に使用される、聖神力と呼ばれる力がある。魔物を捉え、浄化させる際に適した力だ。

「魔物殺し、とも言われる力よね。すっかり忘れていたわ…」

「聖神力を悪用するなんて…。思いつかなくて当然とも思います」

「……ねえ、もしかすると」

 恐る恐る地図を覗き込み、ある場所に印をつける。

 そのもしかすると、は当たりかもしれない。その場からそう離れていない場所で事件は起こっている。

 聖神力を駆使しているのも、魔物を退治することに慣れているのも。

「退魔師、協会…」

 そう考えると矛盾はしていない。いきなり当たりを引いたのかもしれない。

「……退魔に関する情報は協会のみが有しているわよね」

「はい。機密事項ですから。私共ができるのもここまで…」

「潜入しちゃおうかしら」

「は!?」

 軽い調子で言ったシャーロットを、さすがにジャスミンが咎める。

「冗談だとしてもよしてください、そのようなことを言うのは」

「あら、冗談じゃないわよ。それにジャジーも知っているでしょう?わたくしに容疑がかかっていることくらい」

 ジャスミンの表情が硬く強張った。言うつもりはなかったらしい。

「早いところ誤解を解かないと。フローリー家に迷惑がかかるのは嫌よ」

「で、ですが、スティーヴン様もお調べになっているでしょうし、お任せする方が」

「スティーヴン様は潜入できないでしょう?学園はまだしも、退魔師協会に潜入するとなると寮生活だし」

「………シャーロット様、問題はそこではありません」

「スティーヴン様が調査に時間が掛かっているのって、ここが他国だからってこともあると思うの。魔物と仲の良くないオルシャキア王国だからよ。それなら、わたくしが少々動いた方が効率的だと思わない?」

「ですが、危険なことは旦那様も承諾しかねると思いますし…」

「わかったわ。じゃあ、フェリクス侯爵にシャーロット・フローリーが対談の時間を割いて欲しいと申し出ていると伝えて。わたくし一個人として、宰相に仕事の依頼をするわ」

 ここまで言って身を引く筈がないと確信めいたものを感じたジャスミンは、頭痛に顔を歪めつつ主の命を受け入れた。

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