第22話 予期せぬ再開(前半)
「ここ最近、魔物が負傷する事件が多発していてな」
国王の言葉に頷く。
「私も気になっていました。現場へも足を運びましたが、妙な魔術の跡が残っていました。負傷した魔物たちの記憶が曖昧で、証言は得られていませんが」
国王とスティーヴンは、ここ最近頻発している魔物の無差別殺傷事件について話していた。魔王であるからと言って、すべての魔物の様子を察知するなど不可能に近く、しかもここは他国だ。手が及ばないのも仕方がない。
だが、スティーヴンは魔王である以上、他国であろうがなかろうがこの状況を看過することはできない。そこで、堂々と調査するためにも国王に話を持ち掛けていた。
「調査を行いたいのですが、許可いただけますか」
「許可を下さんでも調べるつもりだろう」
「ええ」
あっさり頷くスティーヴンに、国王は満足そうにニヤリと笑った。
「許可するが、報告はしてくれ」
「わかりました」
「協力、感謝する」
許可を貰えないなら、魔物たちが暴動を起こすぞと軽く脅すつもりでいたが、その必要はなかった。
思っていたよりも早く話は済んだ。シャーロットを迎えに行こうと退出の意を告げようとすると、なにやら慌ただしく扉が数回叩かれた。
「なんだ」
眉間に皺を寄せた国王の返事に、側近が慌てた様子で入ってきたのと同時に、己の影から使い魔ルーカスが飛び出した。
――サミュエルとヴィクターが来ている。
それを知ったスティーヴンは、すぐさま部屋を飛び出した。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
我ながら、運が悪いと心底思う。
薔薇園へ向かう道中、正面から現れた人物に驚きのあまり足が止まった。
「シャーロット……?」
向こうも想定外だったらしい。見慣れた二人の男は目を丸くして同じように足を止めた。
すぐさまジャスミンが前に立ち、庇われる形で二人に対面した。
「丁度いい。話がしたいと思っていたんだ」
「サム、やめろよ」
相変わらず大口を叩く元婚約者と、殺人未遂の友人。
唐突すぎる再会に、頭が真っ白になった。
「あなた方とお話しすることなどございません」
ジャスミンの憎しみを乗せた声にハッとした。
呆けている場合ではなかった。この場からいち早く立ち去らなければならない。
「そんなこと言うなよ。なぁ、ロティー」
サミュエルの言葉に鳥肌が立った。
心の奥底に仕舞ったはずの憎しみや怒りが沸々と音を立てて煮えるのがわかる。
(お前がその名で呼ぶな。)
口にしなかったことを、褒めて欲しい。唇を強く噛みしめて、ゆっくりと呼吸を繰り返す。
次第に落ち着きを取り戻し、笑顔を張り付けた顔を上げる。
「貴方とお話しすることはございません。さようなら」
「待てよ」
踵を返そうとした身体が制止したのは条件反射だ。ずっとそうしてきたからか、癖がついてしまっているのだと自覚させられ、心底嫌悪感で満たされた。
「シャーロット様、行きましょう」
「え、ええ」
ジャスミンに手を引かれ足を進めたのも束の間、再びシャーロットを制止したのはヴィクターだった。
「ロティー待ってくれ、頼む、話を聞いてくれ」
無視してそのまま行けばよかった。そうすればよかったのに、シャーロットは振り返ってしまった。
「ロティー、ごめんな。悪かった。俺が間違っていたよ。ぎりぎりまで迷っていたんだ、本当だ。ロティーを刺すだなんて」
あの日の夜のことが、鮮明に思い出される。背後から突き刺さった魔道具に、吹き出した血、悲鳴と怒号、サミュエルの笑い声。
「やめて!」
怒りのまま、声を上げていた。
「言い訳をするだけなら今すぐわたくしの前から消え失せて!」
公爵令嬢らしからぬ物言いであることは承知している。だが、我慢できなかった。
「どうしてそんなことを言うんだ。俺たちを許してくれたんだろう?」
「はあ?」
ジャスミンが遠慮なく機嫌の悪い声を上げた。シャーロットもジャスミンと全く同じ気持ちだった。
「何を言っているの?許すわけないじゃない。貴方、わたくしに何をしたか忘れたの?」
「ロティーこそ何を言っているんだ?俺とサムの処罰を軽くしてくれたじゃないか」
怒りのあまり頭が真っ白になった。
(嗚呼、ここまで。ここまで彼らは救いようのない阿呆だったのね。)
怒りと落胆と後悔が胸に広がり、絶句した。
絶句したシャーロットをどのように捉えたかは知らないが、きっと都合よく的外れな方向へ解釈していることだけはわかる。
「ロティー、俺らは君の誤解を解きたいだけなんだ、話を聞いてくれるだろう?」
「……誤解?」
「そうだ。結果はどうあれ、悪気はなかったんだ。俺も、サムも」
「黙りなさい!」
ジャスミンの堪忍袋の緒が遂に切れた。
「あなた方は言い訳ばかり!またシャーロット様の所為にして逃げるつもり!?あなた方のしたことは、地面に頭を擦り付けて詫びても許されることではないのよ!」
「ジャジー落ち着いて!」
怒り狂ったジャスミンを宥めようとすることに気を取られていたため、サミュエルの行動に気が付かなかった。
「ひっ……!」
腰にサミュエルの手が回され、抱き寄せられた。
気持ちの悪さと行動の不可解さにシャーロットはただ固まるしかない。
「シャーロット様!」
「立場を弁えろ」
ジャスミンに向かって命令したかと思うと、ジャスミンは目を見開いたまま固まった。
――呪術だ。
オルシャキア王国では黒魔術や呪術の類の使用は禁止されている―――王族以外は。
サミュエルが呪術を使えることは一部の関係者のみ知っている。シャーロットも例外ではなかった。だからこそ、シャーロットはサミュエルと婚約関係を結ぶしかなかったのだ。
呪われた自分に何かあった時、対処できるのはサミュエルしかいない。そう思い込んでいた。
今はそれが間違いであるとわかっているが、シャーロットがサミュエル相手に対抗できるかと問われれば否。シャーロットは呪術が使えない。今も身動き一つできない状態だ。
「話を聞いてくれと頼んだのに聞かないお前が悪い。話を聞け。返事は?」
「わたくしに、まだ何を望むというの。新しく婚約者を迎えたのでしょう?誤解されるわよ」
体は動かないが、口は動かせた。
「よく喋るようになったな」
サミュエルは面白くなさそうに呟き、偽の笑みを浮かべた。
「嫉妬してくれるのは嬉しいが、駄目だよロティー。もう決まったことだ」
「何を言って……」
(もしかして、)
僅かに動く首を動かし、サミュエルを見上げてわかった。
(この方は本気で、わたくしがサミュエル殿下を好いているとお思いなんだわ。)
呆れてものも言えないとはこのことか。
「なぁロティー、どうして俺から離れていくんだ?お前は俺のものなのに。妾にしてやってもいいと思っているんだぞ」
全身が燃えるように熱くなった。怒りで唇が震え、声が出ない。
(妾ですって?正気?)
「ロティー、サムだけじゃなくて、俺のことも許してくれるだろう?」
――あ、触られる。
ヴィクターの手が伸びてきたことに気が付いても、サミュエルに抱き寄せられている今、避けることなんて不可能だ。
「……スティーヴン様」
引き攣って掠れた声では聞こえる筈もない。せめてもの意思表示に顔を背けた。
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