第16話 初めてのデートⅣ
書店から出ると、柔らかい風が二人を出迎えた。
(酷い目に合ったわ…。)
まだ暴れている心臓を両手で抑え、落ち着こうと試みる。
結局あの後、シャーロットは恥ずかしい台詞を言わされた。
――スティーヴン様は、わたくしシャーロットを愛しています、と。
「城下町の西側に、大きな湖の見える丘がある。そこで昼食を取ろう」
当たり前かのように右手を取られ、歩きやすいように手を引かれる。
「少し歩くが」
「はい、大丈夫です」
念のためヒールの低い歩きやすい靴を履いてきてよかった。体力には自信があるため心配はないが、ヒールの高い靴は足が疲れる。
(帰ったらジャジーにお礼を言おう。)
狭い入り組んだ路地に入った。まるで迷路のような道で、記憶力の良いシャーロットでさえ覚えるのに骨が折れるだろうと思う。
「スティーヴン様は城下町によく来られていたのですか?とても道にお詳しいですね」
「仕事を抜け出して街を散策するのが趣味なんだ。側近には怒られるがな」
「それは……そうでしょうね」
オスカーやロゼッタのげんなりした顔が思い浮かぶ。
「仕事は熟しているから問題ない」
(多分、問題はそこじゃないと思うけれど…。)
「養父から、話は少し聞いています。二十か国以上もの言語を習得されていることも聞きました」
仕事の作業効率も良く、外交が得意らしい。とても優秀であることはフェリクスから散々聞いている。
「フェリクス侯爵はとても面白い方だ。そして、とても愛情深い」
「ありがとうございます」
フェリクスのことを褒められるのは素直に嬉しかった。彼は国民や関係者から『鬼の宰相』と呼ばれているが、誰よりもこの国を愛し、国のために尽力を注いでいる。
「ジャスミン殿も、とても優秀な侍女だな。今朝、シャーロット様を傷つけたりしたら私は貴方に剣先を向けかねませんと言われてしまった」
「え!?」
シャーロットの驚愕した表情を見て、スティーヴンが吹き出した。
「失礼いたしました、わたくしの侍女が…」
「いや、違う。謝ってほしくて言ったわけではない。シャーロットのことを深く想っている、良い侍女だと言いたかったんだ」
(スティーヴン様が寛大なお方でよかったわ…。)
肝が冷えたが、スティーヴンは全く気にしている様子はなく、寧ろ嬉しそうだった。
「シャーロットが命の恩人で、昔も今も姉のように慕っていると聞いた」
(いつの間にそのような話をしていたのよ。全く気が付かなかったわ。)
「……ジャスミンとは六つの頃に出会いました。ご存じだと思いますが、あまり良い出会い方ではありませんでしたが…。それでも、彼女がいたからわたくしは今ここにいます。感謝してもしきれません」
「勘違いしているようだが、俺はシャーロットの生い立ちについて詳しくない」
「そうなのですか?」
調査をしたとのことだったため、既にすべてを知っているのではないかと思っていたが、そうでもないらしい。
「調査で知ったのはそうだな……。贄にされたこと、呪いをかけられたこと、家族構成とフローリー家に入ったきっかけくらいだな」
「そ、それだけ…?」
「嗚呼。魔女かどうか調べることが目的だったしな。まあ、もっと詳しく調べたりフェリクス侯爵から話を聞くことも可能だったが、それでは不誠実だろう?」
「不誠実、ですか」
「不誠実で、不躾だ」
少しだけ、スティーヴンの手に力が籠った気がした。
緩やかな坂を上り切ると見晴らしのいい丘の上に到着した。
「綺麗…」
思わず感嘆の吐息を洩らす。
丘の上からは街並みを一望でき、その奥には大きな湖が太陽の光を反射させて輝いていた。風でフードが外れ、柔らかな風が頬を撫でるのが心地良い。
「シャーロット」
景色に目を奪われている間に食事の用意が済んでいた。いつの間に現れたのか、ロゼッタが手早く用意を済ませていたようだ。
食事が用意されているとは思わなかった。恐れ多くて気が引けるが、ここで断る方が失礼だ。
スティーヴンに手を引かれ、木の陰にいつの間にか設置された椅子に腰かける。正面にはスティーヴンが座った。
机の真ん中にはバスケットが置かれ、小さな丸いパンが並べられている。どれも美味しそうで口に運ぶのが楽しみだ。
「郷土料理のミドゥネです。紅茶はお食事後になさいますか?」
「ええ、お願い」
美しい所作でロゼッタが机上に料理を並べる。
(わ~!美味しそう!)
「ミドゥネは赤ワインで牛肉を煮込んだものです。お好きなパンと一緒にお召し上がりください」
「ありがとう」
煮ほぐれた牛肉が赤ワインのスープに溶け出している。風味豊かなワインで煮込んだのだろう。フルーティーな香りが鼻腔をくすぐる。微かに香るスパイスの香りも食欲をそそった。
「冷めないうちに」
「はい、いただきます」
牛肉はスプーンで簡単に解せるほどに柔らかい。感動しつつそっと口元に運ぶ。
「ん~~~!」
牛肉は口に入れた瞬間に溶けるほど柔らかく、臭みが全くない。フルーティーで深みのある赤ワインのスープに、牛肉の旨味や煮込み野菜の旨味が混ざり合っている。少しクセのあるスパイスの香りが鼻から抜けて、香りまで美味しい。
「美味しいか」
「とっても美味しいです!こんなに美味しい料理があるなんて…!」
シャーロットの感激っぷりにスティーヴンが嬉しそうに笑う。
「それは、作った甲斐があるな」
一瞬の間の後、シャーロットは目を丸くしてスティーヴンと料理を見比べた。その様子をスティーヴンは可笑しそうに眺める。
「スティーヴン様が、お作りになったのですか?」
「嗚呼」
(なんでもできるのね、この方は…凄いわ。)
プロの料理人も舌を巻く美味しさだ。一体どうやったらこのような絶品料理が出来上がるのだろう。
「ちなみにこれも自家製だ」
「パンもですか!?」
(とんでもなく手間がかかったのではないかしら…。)
「右から紅茶のパン、シュガー、ハニー、オリーブ、ノーマル――と、これは」
「ルーカス…?」
ココア生地の丸いパンに耳と尻尾が付いている。チョコレートで目も描かれていてとても可愛らしい。
(これを、スティーヴン様が?)
「…ふふっ」
思わず笑みが零れてしまう。自分のために作ってくれたのだと思うと、嬉しくて、なんだか――愛おしく感じた。
「とても可愛らしくて嬉しいです。食べるのが勿体ないくらい」
「ミー」
「あら、ルーカス!ほら見て、貴方よ」
自分が呼ばれたと思ったのか、ルーカスが影から出てきてシャーロットの膝に乗る。
上機嫌なシャーロットに、ルーカスも嬉しそうに喉を鳴らす。
「ずっと聞きたかったんだが、ルーカスという名の由来は?」
「あっ、すみません、わたくしったら勝手に…」
知らなかったとはいえ、魔王の使い魔を勝手に名付けていた。知らないところで使い魔に名がついていたなど、あまりいい気はしないのではないかと心配したシャーロットの言葉を遮って、スティーヴンが首を振る。
「彼も気に入っているし、もともと名はなかったから」
「そうだったのですね」
安堵しながら、ルーカスの頭を撫でる。
「ルーカスと出会ったのは六つの頃です。わたくしとジャスミンが……屋敷から逃げ出した嵐の夜に。彼は、わたくしたちに光を…希望をもたらしてくれました」
希望も何も見えない、一秒先の未来さえもわからない恐怖の中で、導いてくれた。
「ルーカスは他国の言語で『光をもたらすもの』という意味があるのです。感謝と尊敬の意味を込めて、わたくしはそう呼んでいます」
ルーカスがいなかったらと思うとぞっとする。
ルーカスが膝から飛び降り、ひらひらと舞う蝶を追いかける遊びを始めた。
「『光をもたらすもの』か。いい名をつけてもらったな、ルーカス」
「ミー」
相変わらず蝶を追いかけながらも、スティーヴンの話はしっかり聞いているらしい。賢い使い魔だ。
「ジャスミン、という名もシャーロットが付けたと聞いた」
「は、はい」
(そんなことまで話したのね、あのジャジーが…珍しいわ。)
「心から、嬉しかったと言っていた。『神からの贈り物』という名がいつも勇気をくれる。売られた不要な自分に価値を、意味をくれた、と」
ジャスミンは、人身売買で売られていた子どもだった。たった四つの、名前のない少女を実父ウェルバートが被験者として購入したのだ。身体の弱かったジャスミンが度重なる人体実験に耐えられる筈がない。同じ地下牢の中で、次第に弱っていくジャスミンを見ているだけなんて、シャーロットにはできなかった。
「…恐ろしい思いをしただろう。二人とも、よく頑張ったんだな」
優しい言葉に、なんだか泣きたくなってしまった。
それを誤魔化すようにただ笑って一つ、頷いた。
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