1、国立SP高等専門学校(1)
あたしの目の前に佇むのは、とくに行きたかったわけでもないただの高等学校。いや、ただの高等学校ではない。
“○○国立SP高等専門学校”
その名の通り“SP(セキュリティ・ポリス)”を育てる教育機関。国内に警察学校や警護学校は複数校存在するけど、ここ○○国立SP高等専門学校へ入学するのは容易なことではない。家系、関係者の推薦、スカウト、この三択でしか入学することは不可能。国内のみならず、海外への出張も当たり前なの。海外から要請が来るとか普通に考えたらやばいよね。
まさに唯一無二、国内に1校しかない“特別な機関”と言っても過言ではない。ここ、略してS専は単純にSPを育てる学校ではなくて、元より秀でた人材しか入学を許されていない学校だから【学ぶ】というより【任務(実戦)】を積むことをメインとしている学校。
学生ながら要人の身辺を守る任務に専従し、働きに見合った給料が支払われる。それはそれはもうビックリするような額を稼いでいる学生も中にはいる。で、S専は学校とはいえ学生だけが通う場所でもない。S専を本拠地として、警察庁公認の特殊本部が設置されている。
「にしても、いつ来ても物々しいなぁ」
ヘルプ(怪我人の処置)で何度か訪れたことがあるS専。ぶっちゃけ気が重くて心なしか足取りも重たい。
「はぁー。あたしの青春は怪我人の相手ってわけね? ツラすぎでしょ」
いや、正直言うとさぁ? S専に通わなくていいのなら、通いたくはないのよね。そりゃ普通の女子高生になりたいじゃん? こんな鬼畜な生業したいなって、心の底から思う人いる? いないよね? 普通。それでも一応S専関係者の両親から産まれて、生まれつき特異体質はあたしは必然的にS専へ入学みたいな流れになるわけで。
まあでも、入りたくて入れるような場所じゃないしね? S専って。特殊能力を与えられた者の宿命的な? 人の役に立てて、お金も稼げるなら悪くはないか……ただそれだけの感情で今あたしはここにいる。
「あー、だるっ」
あたしは生まれつき“自己治癒力”が桁違いに高かった。ちょっとした擦り傷や切り傷なら一瞬で治ってしまう。骨折程度なら2日もあれば完全に治るし、致命傷さえ受けなければ、どんな大怪我でも大概は数日で完治する。そんな特異体質なあたしは、この治癒力を“他人に分け与える”ことができる特殊能力持ち。
分け与える方法は至ってシンプル。能力を発動して、治癒力を分け与えたい相手に“触れる”だけ。軽傷ならすぐに治るし、軽傷じゃなかった場合は応急措置程度にはなる。そして、なにより治癒力を底上げするのは ──あたしの“体液”。色んな検査や分析を経て、あたしの体液自体に治癒効果があると判明。あたしは唾液にすら高い治癒力があるらしい。いや、怪我人に唾液を垂らすとかさ、さすがに無理じゃん? ていうか、唾液を人に垂らす女とかもうヤバいじゃん? だからあたしは、最も治癒力が高いと言われてる“血液”を分け与えることにしてるってわけ。
これまた方法は至ってシンプル。指先をスッと切って、流れてくる血を分け与えたい相手の体内に入れるだけ。どうやらあたしの血液は甘いらしく、この能力を把握してる人達はなんの抵抗もなく口に含む。
あたしはそれを見て毎回ドン引きしてる。あたしの血が上手いこと保存できればこんな気持ち悪いことしなくても済むんだけど、どうやら新鮮な血液じゃないとダメらしい。今のところ保存した血液に治癒力はない。
今の日本なんてさ、マジで治安が悪すぎてSPの怪我人も上昇傾向にある。あたしが貧血でブッ倒れることもしばしば。
「はぁ。なんでこんな体なんだろう」
こんな特異体質なせいであたしは恋愛すらまともにできなかった。というか、ある出来事が完全にトラウマになってる。あれは小学生の頃、当時気になってた男子と遊んでた時だった。ド派手に転んで膝を擦りむいたあたし、必然的に血がたくさん滲んわけで。でも、一瞬で傷が治ってしまったあたしを見て、その男子がこう言い放った。『うわっ、気持ち悪っ! バケモンかよ!』それ以降、誰かを好きになることも気になることもなくなって、もうこのまま一生独り身なんだろうなって、既に覚悟してる。
あ、ちなみにS専で恋愛なんて絶っっ対に無理だよ? だって、こんな場所に来るやつなんてさ、大概イカれてるんだから。いや、ぶっちゃけ謎にイケメンが多いし、ハイスペ男子しかいないけどマジで無理。イカれてるかクズか、この二択。まあ、こんな職業だし? 多少イカれてないと精神的にやってはいけないけどさ。
そんなS専にはマジで厄介な人とかもいるけど、あたしを気持ち悪がったりバケモノ扱いする人はいない……というか、イカれた人が多すぎてあたしの特殊能力なんて霞むレベル。とはいえ新入生、要はあたしの同期になる人達がどんな反応するこか……それがちょっと怖いな。
あ、これまたちなみに特殊能力を持ってるのは把握できてる限りあたしだけね? 特殊能力が横行している世界観ではないよ?
「来世では普通の人間でありますように」
そして、超絶イケメンと結婚できますように。そんなことを思いながら重すぎる足取りで歩いていると、ビュンッと肌寒い風が吹いて桜がヒラヒラ舞い散る。その風があまりにも強くてあたしは立ち止まり、思わずギュッと目を瞑った。すると、桜の匂いと共にフワッと香ってくる爽やかでほんの少しだけ甘い匂い。
「大丈夫ですか?」
ちょっと無愛想だけど程よく心地のいい低い声、これは俗にいう“イケボ”というやつ。あたしはギュッと強く瞑っていた目をゆっくりと開けながら、声の主を見上げる。目と目が合った瞬間、ゴクリと息を呑み込んだ。
なんでだろう、時が止まったような感覚に陥って、彼の瞳から目を逸らせなくなった。呼吸をする、そんな当たり前のことですら忘れてしまうほど、あたしの時は止まってしまう。これはきっと、一目惚れ。全身に電流が走ったみたいにビビッと来た。うん、間違えない。これはきっと“運命”だ。そう思わずにはいられない。
あたしの目の前にいるのは、眼鏡をかけてちょっと真面目そうな黒髪のスラッとスタイルの良い高身長男子。真新しいS専の制服を着ている。そんな黒髪男子をただただ目を見開いて見上げることしかできなかった。永遠にこの時間が続けばいいのにとすら思ってしまう。いや、永遠に続いたら死ぬ、呼吸ができなくてまもなく死ぬ!
「……あの、なんでしょうか」
眉間にシワを寄せて、ほんの少し嫌そうな顔をしながらあたしを見下ろしてる。ど、どうしよう、なにか言わなきゃ! そう思ってもなぜか声が出ない始末。なにこれ、めっちゃ緊張してる!? 誰かと話すのにこんなにも緊張したのって、氷室先輩と初めて話した時以来かもしれない。ていうか、氷室先輩よりも緊張するかも。
「すみません。私はこれで失礼します」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます