第32話:黒の塔、封印解かれる

――この場所は、“正義”の名のもとに刃が量産された墓場。

わたくしも、そのひとつに過ぎなかったのです。


黒の塔――


王都の北西、旧辺境直轄領の奥地。

霧と灰の風に包まれた断崖に、その“黒い影”はあった。


まるで燃え残りの炭塊のような建物。

王国暦第789年、処理部の解体と共に“存在を抹消された”施設。


「ここで、わたくしは仮面を与えられました。

最初の任務と共に」


ミレイユは無表情のまま、重たい扉を押し開けた。


中はまだ、すべてが“当時のまま”だった。

訓練用の人形、薬品の棚、任務記録が並ぶ書庫――

どれも、時間が止まったように静かに朽ちていた。


「……これは」


イレーヌが、封蝋付きの小箱を見つけた。

中には、一冊の古びた任務日誌。


表紙には、王家の記章と共に、ミレイユの本名が記されていた。


《第015号:暗号名白鴉。任務記録 第1任》


「任務内容:

反王国活動を主張する“自由詩人”を処分せよ。

理由:王族批判を含む劇詩の拡散。

対象:一般市民階層。民間出身。

処理方法:事故死偽装。

命令者署名:W・G」


イレーヌは思わず息を呑んだ。


「これは……ただの詩人を、処刑させたということ?」


「はい。最初の任務でした。

わたくしは、理由など深く問わず、命令に従いました。

“それが正義”だと、信じていたから」


ミレイユの声は、どこまでも冷たく、どこまでも静かだった。


「けれど、今ならわかります。

あの詩人が何を語ったか、その本当の“意味”を知らずに殺したことが、

……“罪”だったのだと」


イレーヌはそっと記録帳を閉じた。


「貴女は、罪を背負って生きてきた。

けれど――わたくしは、それを“赦す”ためにここへ来たのではありません」


ミレイユが、わずかに目を見開く。


「貴女が何をしてきたか、知らなければ、

わたくしは“王妃の隣”に立てない。

――貴女の全部を知らずして、信じることはできないから」


それは、赦しでも、否定でもない。

ただの、“受け止める意志”。


その言葉が、ミレイユの胸に深く届いていた。


そして――

記録の末尾に、もうひとつの署名が見つかる。


『“灰の王”ヴァルト・グレイヴによる人事通達:

白鴉を次期“仮面持ち”候補として特級昇格。

任務能力は良好。

――次なる命令は、国家転覆計画に関与した“元王族”の抹殺とする。』


「“元王族”……?」


イレーヌが顔を上げた瞬間――

黒の塔の最奥から、誰かの足音が聞こえた。


「ようやく見つけたよ、“仮面の女”。

君が、もう一度この場所に来ると信じていた」


その声は、かつての任務記録にあった、

“W・G”――ヴァルト・グレイヴの声だった。

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