第30話:王妃と影、その誓い

――貴女の隣に立つために、わたくしは刃を捨てました。

けれど、それは“無力”になるという意味ではないのです。


戴冠式事件から二日後。

王都は沈静化し、王宮の内外は再び平穏を取り戻しつつあった。


イレーヌは玉座の間で、ひとり書類に目を通していた。

その姿はもう、“守られる者”ではなく、国家の“柱”そのものだった。


「──入ってください」


ノックの音に、彼女は顔を上げた。


扉の向こうから現れたのは、仮面をつけていない、ミレイユ・ノワ。


黒衣ではない。

王宮の正式な付き人服。

その胸元には、王妃直轄の“主従契約”を示す銀の徽章。


「……仮面を、つけていないのですね」


「はい。あれはもう、“わたくしの罪”ではありませんから」


「では……何者として、今ここに?」


ミレイユは膝を折り、頭を垂れる。


「王妃陛下直属の、第一従者として。

そして、かつて命をかけて貴女を導いた“教育係”として」


イレーヌは微笑んだ。

その瞳に、かつて見た“少女の影”はもう残っていない。


「ようこそ、おかえりなさい。……ミレイユ・ノワ」


二人は夜のバルコニーに立つ。

王都の灯が、彼女たちの背を柔らかく照らしていた。


「思えば、貴女が来てくれなければ、わたくしは“誰にも選ばれない令嬢”のままでした」


「いいえ。わたくしが刃として存在できたのは、貴女に“信じる未来”を託されたからです」


沈黙が流れたあと――

イレーヌが静かに、手を差し出す。


「この国を共に導いてください。

刃としてでも、仮面としてでもない、

“貴女という人”として」


ミレイユは、その手を取る。


「はい。わたくしは、貴女の“影”であり続けます。

光に踏み込むことはなくとも、貴女の背を守る者として」


星空の下、王妃と従者が誓いを交わす。


それは、仮面ではなく――

言葉と絆によって結ばれた、真実の契約だった。


未来はまだ、静かに揺れている。

けれどこの瞬間だけは、確かにふたりの足元に“道”があった。


そして、物語は続く――

“第三部”へと、影と光の交差する新たな章へ。




あとがき

第二部もお読みいただき、ありがとうございました。

仮面を脱いだミレイユと、王妃として立ち上がったイレーヌ。

この章では、“刃を振るう意味”と“隣に立つ覚悟”が物語の軸となりました。


彼女たちは、もう“主従”ではありません。

互いを選び取った、“同盟者”として、未来へ歩き始めます。


第三部では、新たな敵、そしてミレイユの過去の核心――“最初の任務”が鍵となります。

ぜひ、引き続きお付き合いください。

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