逢魔ヶ刻の迷い子

naomikoryo

第1話 肝試しの夜

「おい、行こうぜ!」


 蒸し暑い夏の夜、町の外れにある古びた寺の前で、六人の中学生が集まっていた。

 男三人、女三人。

 夜の帳(とばり)が下り、蝉の声が遠のく中、彼らは興奮混じりの不安を抱えながら、お互いに顔を見合わせる。


 先頭に立つのは、班長格の陽介(ようすけ)だ。

 短髪で背が高く、運動神経も良い。

 強がる性格だが、根は仲間思いだ。

 その隣には、慎重派の大輝(たいき)。

 太めの眼鏡を掛け、何事にも慎重なタイプで、今日の肝試しにも本当は乗り気ではない。

 そして三人目は、調子者の隼人(はやと)。

 普段から悪ふざけが過ぎるが、場を盛り上げるムードメーカー的な存在だ。


 一方の女子三人は、それぞれ個性が際立つ。

 しっかり者の美咲(みさき)は、皆の世話を焼く姉貴肌で、リーダーシップを発揮するタイプ。

 そんな美咲と仲が良いのが、無口でおとなしい由香(ゆか)。

 臆病な性格だが、美咲の後ろなら何とかついていける。

 そして最後の一人、紗奈(さな)は、肝試しを提案した張本人であり、怖い話が大好きな少女だ。


「本当に行くの?」


 由香が不安げに呟くと、隼人が肩をすくめて笑う。


「今さら怖気づくなよ。ここまで来たんだし、ちゃんと最後までやろうぜ。」


「そうそう。どうせただのお墓でしょ? お化けなんているわけないじゃん。」


 紗奈が得意げに言う。

 寺の境内に続く細い石畳の道は、暗闇に沈んでおり、まるで吸い込まれそうなほどだ。

 墓地の入り口には古びた門があり、その上には風雨にさらされ、半ば崩れかけた木の札が掛かっている。


「じゃあ、行こうか。」


 陽介が先頭を切り、一歩踏み出した。

 彼らは懐中電灯を頼りに、寺の奥へと進んでいく。


 ◇◆◇


 墓地に足を踏み入れると、空気が変わった。


 虫の音がやみ、微かな風が肌を撫でる。

 石畳の道を進むにつれ、周囲の空気が重たく感じられるようになった。

 墓標の間を抜けるたびに、足音が反響し、まるで誰かが後ろからついてくるような錯覚に陥る。


「な、なんか変じゃない?」


 由香が小さな声で呟いた。


「気のせいだろ。」


 陽介が強がるように言うが、額には汗が滲んでいる。


 やがて、彼らは墓地の奥にある大きな供養塔の前に辿り着いた。


「ここで、お参りして終わりにしようぜ。」


 隼人がそう言うと、全員が手を合わせた。

 その瞬間だった。


『こっちへ……おいで……』


 囁くような声が、闇の中から響いた。


 全員が一斉に顔を上げた。

 声の主を探すが、周囲には誰もいない。

 ただ、墓石が無数に並んでいるだけだ。


「誰かいるの?」


 美咲が震える声で尋ねた。


『こっち……こっちへ……』


 今度は明確に聞こえた。

 低く、乾いた声。

 まるで土の中から這い出してきたような響きだった。


「逃げよう!」


 陽介が叫んだ。

 その瞬間、地面がぐらりと揺れ、辺りが暗闇に包まれた。


 ◇◆◇


 次の瞬間、彼らは知らない世界にいた。


 足元は土ではなく、冷たく湿った石畳だった。

 周囲を見回しても、墓地の面影はどこにもない。

 代わりに、赤黒い霧が漂う異様な空間が広がっていた。


「ここ、どこ……?」


 由香が震えながら言う。


「さっきの墓地じゃない……」


 美咲が息をのむ。


 空には、不気味に輝く赤い月が浮かんでいる。

 足元には、見たこともない歪んだ石像が並んでいた。

 それは、まるで苦しみに歪む人間の姿のようだった。


『こっちへ……』


 先ほどの声が、再び響いた。


「何なんだよ、ここ……!」


 陽介が声を荒げる。

 彼らは無意識にお互いの手を強く握りしめていた。


「帰れるの……?」


 紗奈の声が震える。


「帰れるさ……絶対に。」


 大輝が必死に言うが、その目は不安に揺れていた。


 彼らは、知らぬ間に「何か」の世界に迷い込んでしまったのだった。

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