第14話 『文化祭前夜、血に染まる教壇』

 そして、僕は指を滑り込ませる。




 「や、やめろ!やめてくれ!やめ……」




 市川の絶叫が、用務員室の壁に反響した。


 それは悲鳴というより、もはや獣の断末魔のようだった。




 「がっ……ひ、いぎゃあああああッ……!」




 僕の指は、彼の尻の奥深くまで潜り込んでいた。


 直腸を押し広げ、粘膜をこじ開けるようにして探る。


 ぬちゅり、と指先が何か柔らかく脈打つ感触に触れた。




 ──し……り、しこ、た……ま。


 「……たすかる……たす……かる……」




 それを見つけた瞬間、全身に戦慄が走った。


 人間の“命”の根源。それを摘み取る快感は、言葉にならなかった。




 「せ……んせ、せぇ……も……ぐちゃぐちゃ……だ……」




 僕は、引き抜いた。




 ぶちっ……ぶじゅっ……ずるるるるるっ!




 鈍い裂け音とともに、肛門が裂け、市川の身体が跳ね上がる。


 彼の口から涎と吐瀉物が噴き出し、白目を剥いて痙攣した。




 「ひっ……ぎ、やあっ……ぃぃぃ……ッ」




 そのときだった。


 肛門から、腸の一部がびしゃりと飛び出した。


 鮮やかな臓器の一端が、空気に触れて震えていた。


 粘液と血と未消化物をまき散らしながら、腸はずるずると引きずられ、


 まるで蛇のように床を這っていく。




 「……み、みっ、ち……つ……ね……ぇぇ……ふふ……はら……ぺろり……」




 僕は、笑った。


 震える手で腸の先を掴み、引いた。


 ずるっ、ずるるっ……と音を立てて、腸が次々と体外へ引き出されていく。




 市川は口を開けたまま、かすれた声で呻いていた。


 「た、す……け……だれか……」




 「お……れ、ころ……さ……さ、れ、た、あ、んだ……」




 足元の血は、すでに水たまりになっていた。


 腐臭、鉄の匂い、胆汁のすっぱい臭い、全てが鼻腔を貫く。


 だが、それが心地よい。


 この空間だけが、僕の“生”を実感させてくれる。




 市川の体は、ぬるりと僕の爪の下で震えていた。痙攣というには弱々しく、ただ命が抜けかけた袋が、肉の反射だけで震えている──そんな様子だった。




 「せんせ……せ……やっ、と……ね……おしまい……」




 脳がぶよぶよに腐って、言葉もうまく出てこない。でもね、心ははっきりしてる。




 この男だ。こいつが全部、始まりだった。




 軽薄な笑顔。クラスの人気者を気取るあの態度。僕が教室で吊し上げられた時、笑いながら言った言葉──「水島にも悪いところがあると思うんだ」──あれが全部だ。僕の中の“人間”を、あの言葉が壊したんだ。




 「……じゃ、せんせ、ちょっ、と……さよ、なら……」




 指を、穴に差し込んだ。肛門の、奥へと。




 ぐぷっ……という粘音が鳴った。




 生暖かい腸の壁が、腐敗した僕の指をいやらしく絡めてくる。まるで、中から手を取って導くみたいに。




 「んっ、ふぅ……せんせの……うち、あったか……い」




 笑いがこみ上げた。声にならないしゃくれた笑いが喉の奥から滲み出す。




 次に、僕は口を開いた。




 唇をぐいと押し込む。もう味なんて気にしない。歯茎が露出した口で、尻の奥へと頭をねじ込んだ。




 ぬるり、ぶちっ、べちゃ……




 口の中に、生ぬるくて苦くて、でもどこか甘い粘液が広がる。これは……胆汁か? それとも、腸内に溜まっていた老廃物か? もう、そんなことはどうでもよかった。




 「う、ふ、ふぅ……ふ……で、た……ぁ」




 奥の奥から、何かがずるりと落ちてきた。




 僕は歯で軽くそれを押さえ、舌で転がす。




 尻子玉だった。丸く、ぬめりとした球体。中から微かに光が漏れていた。命の核。魂の芯。その者の“本当”が詰まった場所。




 「い、た、だ、き……ま」




 噛んだ。




 ぶちゅり。




 その瞬間、頭の奥で何かが爆ぜた。




 視界が反転し、耳鳴りが沸騰音に変わった。腐っていた皿の奥で、脳が痙攣した。膿が一気に流れ出し、幼虫が泡を吹いてのたうち回った。




 「んあ……ああ、あああ……ッ!」




 口の中で尻子玉が砕けると同時に、僕は体中に電撃のような快感を感じた。快感? いや、違う。これは──




 「……う……まい……」




 思わずつぶやいた。舌先に残る、濃厚な苦みと鉄の甘さ。歯の隙間からこぼれるそれを、もう一度味わうように、頬の内側を舐める。




 「せんせ……ちょ……さい、こ……」




 ありがとう、なんて言うつもりはなかった。でも、口から出てきたのは、どこか満ち足りた音だった。




 腹の奥が、満たされた。




 これまでずっと空っぽだった“なにか”が、ようやく埋まった気がした。




 人を壊すって、こんなに気持ちいいんだな──って。




 そのとき、僕の皿がカチリと鳴った。完全に崩れる前の、最後の調律みたいに。




 僕は立ち上がった。




 まだ温もりのある瀕死の市川の腸を引きずり、教室へと向かった。




 この死体は、展示物にする。


 僕を“さらし者”にしたあの教室で、今度は市川を“飾り付け”てやるんだ。




 「きょ……しつ……いこ……お?」




 歪んだ声で自分にそう言った。




 それが、儀式の終わりであり、そして、始まりでもあった。




 「ふ、ふふ……んっふ……い、こぉ……せ、せ……ぇ」




 僕は、市川の腸を握ったまま、ゆっくりと立ち上がった。




 「こ、ん……ど……ぼく……さ、ら……す……」




 用務員室のドアを開けた瞬間、夜の冷気がなまぬるく頬を撫でた。


 廊下には誰もいない。


 ただ、僕と、ずるずると這う腸の音だけが、響いていた。




 「ぶ、ん……か……ま……つ、り、か……ざ……り」




 笑っているはずなのに、顔の筋肉はうまく動かず、口角が引きつった。


 僕は腸を引きずって歩き出した。


 血の軌跡が床に残り、赤黒い線がゆっくりと伸びていく。


 市川の呻きが背後から聞こえるが、もう振り返る気にはなれなかった。




 あの教室。


 僕が晒された、あの場所へ。




 「せ、ん……せ……おなか……み、せ……て、や、る」




 僕の目は爛々と輝き、胸の奥が熱くたぎっていた。


 もう、止まらない。


 復讐の悦びが、僕の心を完全に支配していた。




 ──この夜、誰よりも美しい飾りは、血と腸で彩られた教師の断末魔だった。







 夜の校舎は、まるで死者の棲み処のように沈黙していた。


 窓の外に浮かぶ満月が、教室のガラス窓を伝い、青白い光を床に落としている。遠くの街の喧騒も、虫の鳴き声すらも届かない。




 文化祭を明日に控え、日中は賑わっていたはずの教室。


 壁にはクラスで作った手作りの装飾や、描き殴られたポスターが残っていた。折り紙の鎖、カラフルな風船、紙吹雪。


 でも今、そのどれもが滑稽に見えた。




 なぜなら、中央に据えられた“飾り”が、すべての色彩を嘲笑うように異様だったからだ。




 僕は、教壇の前に立った。




 その上に、あの男──市川の死体を飾りつけた。


 腸を幾重にも巻きつけ、まるで操り人形のように膝立ちに固定した。


 黒板を背に、彼は直立しているように見えたが、すでにとっくに息絶えている。




 「せん、せい……おまえが……ころした……ん、だぞ……」




 黒板に、震えた手で書いた。


 「先生が、僕を殺した」と。


 白墨は血で滲み、下に広がる赤い染みは絵の具なんかじゃなかった。


 それは、奴の内臓から噴き出た、命そのもの。




 市川の顔は、乾ききった目を大きく開いたまま固まり、口は歪みきった笑いのように裂けていた。


 舌が唇の外に垂れ下がり、顎からは濃く粘ついた血が床へと滴っている。


 腸で無理やり縛った四肢は、関節が逆に折れていた。




 「かざ……り、つけて……やっ……たぞ……」




 僕はそう呟きながら、蛆虫の這う首元を掻いた。


 皿からは膿が流れ落ち、垂れた膿が肩を伝って衣服を汚していく。




 教室の空気は、死と絶望のにおいで満ちていた。


 腐臭。血。胃液と胆汁。人間の最も醜い部分が、飾り付けられたこの場所に集約されていた。




 かつて、この教室で僕は晒された。


 声を上げれば笑われ、泣けば更に踏み躙られた。


 先生は何もしなかった。


 いや、むしろ僕の“間違い”をみんなの前で訂正した。




 だから、こうして釣り合いを取った。


 ここに、奴を晒すことで。




 「……おわ……た……これ……で……」




 脳が腐り、言葉はもう満足に出てこない。


 けれど、確かに胸の奥で感じていた。


 これは正義だった。


 誰にも分からなくても、僕だけが知っていればいい。




 僕はふらりと一歩踏み出した。


 足元で、腸と血が混じった床がぬちゃりと音を立てた。


 紙吹雪が足に絡み、赤黒い汚れが飾りを染める。




 振り返らず、ドアの前まで歩く。


 背中に貼りついた紙飾りが、剥がれて床に落ちた音がした。




 「せん……せ……ま、た……らい……ねん……」




 冗談だ。


 それとも、呪いかもしれない。


 もう、自分でも分からなかった。




 僕は静かに教室を後にした。




 その夜、文化祭の教室で最も注目を集めたのは──


 花でも飾りでも、演目でもなく。


 教壇に据えられた、市川という名の“悪意”だった。







 翌朝。文化祭の開会式前。


 僕は、蓮ノ木中学校の裏山に掘られた排水口の奥、ドブの匂いに包まれた闇の中で、うずくまっていた。




 頭の皿はすでにぐらつき、皮膚は赤黒くただれ、緑の肉が裂けて骨がのぞいている。こめかみからは白い蛆が這い出し、腐臭をともなって耳の中へと潜っていく。鼻を刺すような腐敗のにおいに、もはや僕自身すら慣れてしまっていた。




 全身がじんじんと痛み、動かすたびに関節が軋む。脳は濁り、記憶は霞み、言葉も曖昧になりつつある。それでも僕は、今朝この瞬間をじっと待ち続けていた。




 そのとき、遠くから甲高い悲鳴が聞こえた。




 「──ぎゃあああああああああッ!!」




 口元が自然と歪む。見つかったな。




 僕が昨夜“飾りつけた”あの教室が。




 あの教室は、かつて僕が公開処刑された場所だった。


 教師も生徒も、誰一人として僕を助けなかった。


 市川──あの偽善者でことなかれ主義の仮面をかぶった悪魔。


 僕を河童へと追い詰めた、真の元凶。




 その男を、僕はついに裁いた。


 死体を教壇に縛りつけ、内臓をねじるようにして吊るし、まるで文化祭の装飾の一部かのように“演出”してやった。




 黒板には、指の骨で書いた一文──「先生が、僕を殺した」。


 その白ではなく、濃い赤で塗られた筆致が、クラス全体に沈黙と狂気をもたらしたに違いない。




 壁にはカラフルな風船、折り紙で作られた動物たち、天井から吊るされた紙の鎖──そのすべてが血の飛沫を浴びて染まり、異様な美しさを帯びていた。




 市川の目は乾いて白濁し、口はひん曲がったまま開いている。


 その表情は、死の瞬間に“僕”を思い出した時の絶望そのものだった。




 「……み……た……か……せん、せ……」




 口の裂け目から漏れる言葉はもう言葉じゃない。


 でも、僕の心は静かに満たされていた。




 “あの場所”にあの男を晒せた。


 それだけで、僕の腐った胸の奥にぽたりと小さな温もりが灯ったようだった。




 悲鳴は連鎖し、教室内は混乱と吐瀉音で満ちているはずだ。


 白昼の地獄──いや、これは祭りだ。


 僕の復讐劇の、開幕の号砲。




 「……つぎ……は……だれ……だ……?」




 膿混じりの唾液が顎を伝って滴る。


 ひどく苦い味がした。




 頭のなかでは、かつて僕を笑った顔が次々に浮かぶ。


 机を蹴り飛ばしたやつ、花を押しつけたやつ、見て見ぬふりをしたやつ……。




 誰一人、赦さない。




 警察のサイレンが遠くで近づいてくる。


 だが、僕はすでに排水口の闇に溶けていた。


 誰にも見つからない。




 そして、誰も止められない。




 文化祭の幕は、僕が引いた。


 この学校に、本当の意味で“学び”を教えてやるために。




 僕は、そっと笑った。


 蛆が唇を這い、血の味が混ざるその中で、笑った。


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