第35話
“さびしい”の言い訳を探していた。
伝えたいことが山ほどある中で、比較的他の感情よりも言語化が簡単だったから、氷山の一角を水面から覗かせる程度の気軽さで送信したことを、早くも後悔している。
時刻は深夜。かれこれ数時間は未読無視。
詰んだ。
気持ち悪いって思われたかも。そもそも恋人はおろか友達ですらないのに「さびしい」って何?いつから私は御堂さんの恋人以上友達未満になったんですか?え?順番が逆だって?うるさい今はそんな些細なことどうだっていいよ。
枕に羞恥の悲鳴を吸わせること、さらに数時間。
ピロリンだかパラリンという、黒歴史と向き合う戦いのゴングが聞こえた。
私のスマホが音を鳴らすのは、家族か御堂さんからの連絡以外で無い。ありえない。
なぜならば、アプリやゲームの無駄な通知はいちいち「あ、誰かからの連絡かも?」と期待値を底上げするくせに全然誰からも連絡が来てなくて空飛ぶメンタルはどん底へ急降下、龍玉のヤ■チャさながら地面に叩きつけられるハメになった血涙の過去を活かして通知を切っている。これぞ自己防衛の必要性を存分に発揮させた最強のぼっちライフハック。タメにならん。ここ長すぎるからちゃんと読んでる人いないだろ。そこの君、読み飛ばしたな?
覚悟して、ロック画面を解除する。
『また学校で会おうね』
……うん。
ひとまず、返信が来たことにホッとしよう。
その上で考えよう。
「嫌われた…?」
え。だって、わざわざ“学校で”って付け足すってことは、冬休み期間中はお前に会う気ないぞ。好意ゼロだぞって意味だよね。
いや、好感度マイナスすぎて冬休みに限らず、休日というプライベート空間を開け放すことはもう二度とないって意思表示と捉えて良い?だとしたらショック死。あーもうせっかく出した勇気を連れて逃げ出したい。
関わらない間に離れたのは物理的な距離だけじゃなくて、心の距離も……ってか。すみません誰か私にハンカチという名の慈悲をください。
言葉には含まれていない足元の線、あるいは分厚い壁を感じた私の心は複雑骨折。立ち直れなくて、それ以上は会話を続ける気力もなく無視してしまった。
いったい、冬休み明けどんな顔して会えばいいってんだこんちきしょう。
と、心配していた新学期初日。
「おはよ。葉山」
教室に入り、脇目も振らず自分の席へつかつか歩いていった私の元へ、ニコニコ笑顔で上機嫌な御堂さんがやってきた。
「お、おは…よう」
「今日は放課後に図書室行く?」
「う……うん」
「じゃあ、あたしも行こうかな。またね」
周囲の目線もある手前、目立つのを避けたんだろう。軽く手を振って友達の元へ戻って行った背中を見届けて、座るついでに本を開き、顔を伏せた。
え。待って。
ひとつふたつ言葉を交わしただけなのに、沸々と滾るように顔が熱くなるのを自覚していた。
御堂さんって、あんなかわいかったっけ…?
縁を切っていた時期は視界に入ると辛いからという理由でなるべく見ないように生活していて、冬休みにも会ってなくて、だから完全に忘れていた。
金髪ロングが嫌味なく似合う整った顔立ちに、出るとこはそれなりに出てるスタイルの良さ。花を纏うような爽やかな雰囲気と、すれ違いざまに鼻孔と心をくすぐる女性らしさ全開の香り。
普通に話してくれるから忘れがちだけど、そうだ。
あの人って、校内でも“モテる女ランキング”なんて時代錯誤甚だしいランキングがあったら、上位に食い込むどころか殿堂入りを優雅に果たすレベルの美少女なんだった。
久しぶりに会って痛感する。自分とは遥か遠く、自分では釣り合わない人間なんだと。
「はぁ〜……会いたかったよ〜、葉山〜」
その事実を知ってか知らずか、放課後の図書室で合流して早々、御堂さんは肩にもたれかかって甘えた声を出した。
ネイルは塗られているものの、しっかり短く整えられた爪先が制服の布にキュッと食い込む。
「さびしかった」
潤んだ上目遣いを向けられて、彼女についてもうひとつあることを思い出した。
そういえば、御堂さんはレズなんだ……。
私と仲良くするのは、おそらく大人な関係ってやつを狙っているから。他に交友関係もなく、言いふらす危険性が少ない相手だと考えれば、確かに私ほどの適任はいない。
――危うく、勘違いするところだった。
自分のことが好きで、だから求められてるんじゃないかって。
彼女が求めているのは私じゃなくて、私の体。あくまでも“都合が良いから”って理由なのに。
でも、落ち込むことはない。私には素を出してくれてると思えば嬉しいし、それに何よりふたりで秘密を共有するなんて青春っぽくて最高じゃないか。もちろん貞操は守りきるけども。
ここは確認も含みつつ、親睦を深めよう。
「御堂さん…」
「ん?なに」
「私、秘密にしとくから」
「なにを?」
「えっと……そ、その。御堂さんが、女の子が好きってこと」
「は…?」
分かってるよと頷いた私に、綺麗な形をした眉がだんだん歪んでいった。
「あたし別に……レズじゃないけど」
「え?」
「女の子は興味ないよ。当たり前に」
怪訝な物言いと眼差しから、嘘をついてないと直感的に察する。
まさかの否定に困惑して言葉を失っていると、御堂さんもどうして私がそんな風に勘違いしたのかと呆れて声も出ないようだった。
「う、うそだ」
「ほんと。恋愛とかよく分かんないけど……少なくとも女と付き合いたいとか思ったことないし」
「え、で、でも、だって、じゃあ……」
なぜ、私にキスを…?
聞きたいけど、聞けない。
100%ありえない回答だとしても「好きだから」って言われたら返答にも今後の関わり方にも困るし、仮に全然そういう感じじゃなくて「興味本位?」とか返されてもそれはそれでなんか傷付く。
でも、タイミングを逃したら、一生答えが分からないままかもしれない。このモヤモヤを抱えたまま病院の天井を見るなんて嫌だ。
勇気を出せ、私。
震える唇を持ち上げて、喉に力を込める。
「な、んで……き、き、キス…」
「あぁ…!ごめん。女同士でキスなんて嫌だったよね」
「っちが、理由……聞きたい、だけで」
「あー…」
照れているのか、なんなのか。頭の後ろを掻いてはにかんだ御堂さんは、
「葉山、うちのたまに似て猫みたいでかわいいから。なんかちゅーしたくなっちゃうんだよね」
「っあ……!」
そっちの猫!?
まさかの、本物の猫のこと言ってたの?タチネコのネコじゃなくて?なんつー紛らわしい……は、恥ずかしい。これはとんでもない黒歴史になりそうな予感がする。
込み上がる激情に頭を抱えて、テーブルに突っ伏した。
「大丈夫?葉山」
「……だいじょばない」
「や〜、ごめん。なんか……ごめんね?」
謝られると逆につらいです、御堂さん。
羞恥で悶え苦しむ私の頭をそっと撫でてくれた感触に涙腺は崩壊し、図書室のテーブルに出来た顔型のシミは後に七不思議となるのだが――本編には全く関係ない話なので割愛する。
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