高校2年、初夏

第8話











 今日は、葉山とのお出かけの日。


 謝罪も兼ねて誘ってみたら意外にも了承してくれたから、せっかくだし放課後じゃなくて休みの日に会おうってなったんだけど……。


「うーん。派手すぎるかなぁ」


 いつも遊ぶ子達と違って葉山は目立つことを避けたいタイプだろうから、服装選びにも気を使った。


 できるだけ落ち着いていて、なおかつ隣に居ても自然に溶け込めるような――そういえば、どこに行くとか何も決めてないけど大丈夫かな。


 好き嫌いとかアレルギー無ければオススメのカフェに行くのアリ。きっと静かな場所がいいだろうから、もういっそ図書館とかでも良いかも。本読むの好きだもんね。


「はぁ〜……楽しみ!」


 普段とは変わった外出になりそうで、朝から気分は晴れ晴れしく、テンションも上がっていた。


「ね、ばぁば!この服どうかな?」

「……うん。せりちゃんは、なに着てもかわいいよ」

「ちがう〜!ちゃんと、ほら。おかしくない?ここが変とかあったら…」

「なにも変なことはないよ、大丈夫だよ」


 決まった評価しかしてくれない祖母にはちょっと不満で不機嫌になったけど、ネイルがうまくいったから良しとしよう。


「よし!…じゃ、いってきます!」

「いってらっしゃい」

「たまも。いってくるね」


 小さくニャンと返ってきたことにニマついて戸を開けると、反射で目を瞑っちゃうくらいの眩しさに刺された。

  

 無事に梅雨も明けて、夏らしい暑さを広げる風を感じながら、アスファルトの上を駆ける。若葉が踊り、木漏れ日が灰色を彩る様を眼下に、待ち合わせの駅まで急いだ。


「あ!葉山」


 彼女もあたしと同じく早めに家を出たみたいで、着いてすぐ見えた真っ黒な姿に向かって手を振った。


 振り返してはくれなかったものの、目をパチクリさせて答えてくれた葉山は、初夏も終わり本格的に夏が始まるというのに長ズボンに7分丈のTシャツ。


「暑くないの?」

「う、ん」


 頭のてっぺんから次々流れる汗を前に信じるはずもなくて、涼むため選んだのは駅前のカフェだ。何気に、当初の目的通り。


 木目調の店内にはフルオープンの窓から光が入って、ガラスの向こう側にはテラス席が広がっている。でもこの暑さの中、使う人はいないみたい。外には誰もいなかった。


 窓際のテーブル席に腰を落ち着けて、メニュー表を手渡す。


「ふは。汗やばいね」


 選んでもらってる間、あんまりボタボタ垂れてるからハンカチで軽く拭いてあげた。


 エアコンからの冷風も相まって汗が引いていく感覚が気持ちいいのか、目を閉じて顎を上げてホッと一息つくのは、相変わらず猫っぽくてかわいい。


 よく見たら、葉山ってお口もちっちゃいし控えめだけど八重歯だし、そういうところも猫みを感じるポイントなのかも。


 家を出る前にも本物の猫と戯れてきたけど、ほんとこんな感じだったなぁ…。


「かわいいね、葉山」


 ただ思うがまま褒めただけなのに、俊敏な動きでメニューの裏に隠れてしまった。


 何かを警戒してるようにも、照れてるようにも見える。これは……どっち?さすがに今回ばかりは読み取れなかった。


「ごめんごめん。喉乾いたから、なんか頼も?」


 気を取り直して葉山の持つメニューに手を伸ばす。


 だけど触れる前に後ろへ逃げられて、虚しくも宙を掴んで終わった。


 “嫌”って心情をそこまではっきり突きつけられるのは普通に傷付く。ただ、メニュー表を独り占めしたいわけではなかったのか、ササッと目を通した後で差し出してくれた。


「なに飲むの?」

「……ん」


 頼むものが決まり、ついでに伝えてあげようと聞いたら人差し指でアイスココアをさす。…爪ちっちゃくてかわいい。


 店員さんを呼んで注文を終わらせてからは、さっき見た指先の小ささが頭を離れなくて、テーブルに置かれていた手に手を重ねた。


「葉山の手、かわいいね」


 よく観察しようと持ち上げて、自分の手とも見比べてみる。ネイルひとつしてない手は子供みたいで、すべすべで柔らかい。


「……っ!」

「わっ。なに?」


 しばらくぼんやりと眺めていたら、何を思ったのか急に葉山の方からもあたしの手を握ってきた。


 手の甲を自分側へ向け、真剣な眼差しで見ているのはネイル部分で、もしかして興味あるのかな?って思わぬ話題の種を見つけ、上機嫌で微笑んだ。


「葉山もネイル…」

「あ、あぶない」

「え?」


 話を広げようとする前に、なぜか青ざめていく表情と動揺した瞳に、開きかけていた唇を閉じた。


「だ、だ……だめ。爪、長いの、良くないよ」

「校則の話?だったら…」

「ちが…っ!け、怪我しちゃうよ、こんなに長かったら、絶対痛い……あと、これ、ネイル…」

「う……うん。ネイルが、どうしたの?」

「あの、体内に、これ……危ないよ」

「は?」


 たいない…?


 なんの話か、まったくついていけなくて困惑していたところへ冷えた飲み物が運ばれてきて、人前で手を繋ぐのは恥ずかしいと思ったのか慌てて体を離された。


 心を落ち着けるためかアイスココアをストローで何度か吸って、呼吸を整えた葉山はよほど大事なことのようで、改めて真面目な顔をして口を開いた。


「そ、そういうのは、ちゃんとした方がいいと思う」

「う、うん…?」

「あの、お互いに、痛くなっちゃいそうだし……えっと、血とか。出ちゃうよ」

「ち?」


 さっきから、まじでずっとなんの話してんの?


「ん……?」


 そこでついに、あたしは葉山が伝えたかった真意に辿り着いてしまった。


「あー…」


 確かにネイルするために自爪かなり伸ばしちゃってるから、尖ってて危ない。


 つまり、葉山はあたしが長い爪で怪我しないか心配してくれてる…?


 もしかして、血が出ちゃうってのも、そういうこと?いや……今日のネイルは、赤。この赤が血が滲んでるように見えたとか?怪我がどうとか言ってたもんね。他はちょっとよく分かんないけど。


 うん。なんにせよ。


「優しいねぇ、葉山は」


 口下手なだけで良い子なんだなぁって感心して頭を撫でたら、彼女は眉をひそめてきょとんとした目と口ではてなマークを浮かべていた。


 この日以降、爪を短く整えるようになったのは――良い変化だったと思いたい。ネイルはやめられなかったけど。



 

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