第十七節「裏切りの輪郭(前半)」

 夜の足立区・竹ノ塚。街の明かりが減ったいま、静まり返った商店街を照らすのは防犯灯の鈍い白光だけだった。

 その一角、シャッターを半分だけ開けた喫茶店の奥で、密やかな会議が行われていた。


「……やっぱり、誰かが情報を流してる。間違いないよ」


 囁くような声でそう言ったのは、ギルド《第零境界》の情報班に所属する少女――志築(しつき)ユナ。元々は公安に籍を置いていた情報技官だったが、ダンジョン出現後、ギルドに移籍した経歴を持つ。髪を後ろでひとつ結びにし、冷めた瞳で端末を睨みつけている。


 その向かいに座るのは、朝比奈一翔。無言のまま、コーヒーカップを揺らしながら話の続きを促した。


「昨日の【環状七号線東ダンジョン】の位置。あれ、マイルームの空間リンクで探知できるほど浅くはない。それを、敵側がピンポイントで仕掛けてきたってのは……偶然じゃない」


「内部漏洩か。……誰が?」


「それが分かれば、苦労しないよ」


 ユナが肩をすくめたとき、ガタン、と扉が勢いよく開いた。


「一翔、来てくれ。ちょっと厄介な奴が来た」


 駆け込んできたのは、ギルド幹部の一人、狩野拓巳だった。かつて陸上自衛隊で偵察部隊に所属していた経験を持ち、いまはギルドの防衛統括を担う実力者だ。常に冷静な彼が、今夜は珍しく焦っている。


「どこに?」


「竹ノ塚駅の高架下。奇襲部隊を引き連れた“彼ら”が、俺たちの痕跡を追ってきてる。どうやらこっちの拠点を嗅ぎつけたらしい」


 一翔の眉が動く。


「……《彼ら》って、まさか“〈ヘルメスの杖〉”か」


「ああ。しかも、その中に……見覚えのある顔がいた。元ギルドメンバーの、“椎名”。」


 場の空気が凍った。


 椎名祐介。かつてギルドの戦術班に所属し、一翔とも一時期行動を共にした男。戦闘にも頭脳にも長けていたが、半年前に「任務中の失踪」として処理されていた存在だった。


「……生きてたのか。しかも敵側に?」


「裏切ったと見るべきだろうな。ただ、俺にはどうも腑に落ちない。椎名があんな簡単に“寝返る”ような奴だったか?」


 一翔は黙って目を閉じた。

 椎名とのやり取りを思い返す。彼は、善悪よりも「理」を重んじる男だった。


(……正面から説得するのは、難しいだろうな)


 思考を切り替えた一翔は、静かに立ち上がる。


「迎撃班の配置は?」


「配置済み。けど、奴らの動きは予測できない。椎名が情報を持ってるなら、俺たちの手の内は全部割れてる」


「……なら、逆に“誘導”するしかないな。こっちの意図を悟られないように、動きを読み違えさせる」


「ユナ、情報撹乱は可能か?」


「いくつか選択肢はある。幻影のサーバーを使って、別ルートに誘導しておく」


「頼む。椎名が本格的に動く前に、一度話をしたい」


 言い切ったその声に、ユナと狩野の表情が変わった。

 一翔の中にある“かつての信頼”が、いまだ完全には消えていないことに、二人とも気づいていた。


(……だが、それが甘さにならなければいいがな)


 狩野が一瞬だけ視線を伏せた。


 数時間後、偽装転移で設けられた廃ビルの地下空間。そこで、一翔は椎名と再会することになる――。

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