第十四節 「反撃の狼煙」

 竹ノ塚の空気は、どこか張りつめていた。

 それは瘴気の残滓ではなく、人々の心に滲み始めた疑念と不安。自衛隊とギルド、国家と民間。かつての秩序が揺らぐなか、それぞれが己の正義を掲げ、動き出していた。


 朝比奈一翔は、足立区の自宅に戻っていた。

 クローゼットの奥に広がる“マイルームダンジョン”の奥、彼が構築した地下の司令室は、日々拡張を重ねている。モニターに映るのは、自宅周辺の監視用魔導カメラ。異常はない。けれど、胸の内に渦巻く焦燥感は拭えなかった。


「……あれから、たった三日だってのに、世の中の空気がガラリと変わりやがった」


 呟きながら、一翔は手元のタブレット型魔導端末に目を落とす。そこには、ギルド【アーク・ヴェイル】が足立支部を拠点に、“自治”という名のもとに独自の治安維持組織を形成し始めていることが記されていた。


 国家は動かない。ギルドは好き勝手に“防衛”を口実に勢力を拡大する。

 そして、自宅の地下に眠るダンジョンには――異常進化を遂げた魔物が再び現れつつある。


 そんな折、地下通路の扉が控えめにノックされた。


「失礼するわ、一翔くん。コーヒー、淹れたから」


 現れたのは、白神紗夜だった。スーツの上着を脱ぎ、軽やかなカーディガン姿の彼女は、すっかりこの地下室での作業にも馴染んでいる。


「ありがとう、助かる」

「外、かなり騒がしいわよ。さっきも近所で何か揉めてたみたい」


 カップを受け取りながら、一翔は息をつく。


「……たぶん、あれだ。ギルドと、自警団もどきの小競り合い」


 紗夜の眉がぴくりと動く。


「つまり、国家の手が入ってない“力の空白”に、私設組織が割り込んできたと」

「そう。で、そいつらがダンジョンの情報をどうやら掴みかけてる。……ここがバレるのも、時間の問題かもしれない」


 紗夜は静かに頷き、テーブルの上に一枚の地図を広げた。

 それは足立区北部の詳細な地形図。赤ペンで囲まれたエリアは、ここ数日で“魔物の出没率”が上昇した区域を示している。


「たぶん、何かが“呼んでる”。ここ竹ノ塚の地下で、瘴気の流れが変わったのよ」


 一翔は苦笑しながら、コーヒーを一口飲む。


「瘴気の流れまで把握できるようになったのか、すげぇな」

「この“瘴気センサー”はあなたのマイルームに設置された術式のおかげでしょ?」


 気安い会話。しかしその裏で、彼らは着実に戦いの準備を整え始めていた。

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