第十一節「北千住地下の魔」
「ここが……任務現場か」
足立区・北千住。
駅から少し離れた旧商店街の裏手――かつて倉庫として使われていた煉瓦造りの建物の前で、一翔は足を止めた。
現場は警察によってすでに封鎖されていたが、ギルドの探索者である白神紗夜の身分証により通行が許可される。
「昨夜、異常な熱波と瘴気反応が一帯で検知されたの。場所は地下。この建物の下層に、どうやら“裂け目”が開いているわ」
「裂け目って……またダンジョンか?」
「小規模だけど、空間侵食型ね。早期に潰せば、拡張を防げる」
隣で資料を覗き込んでいた狩野拓巳が呟く。
「問題は、発生源。ダンジョン核があるか、あるいは魔物の“巣”になってるかだ」
周囲は古びた建物と、時折通る人影のみ。
活気のあったころの北千住とは違い、この裏通りはまるで時間が止まったように静かだった。
「ここから先は、準備を整えて進もう」
白神紗夜が、腰のホルスターから小型端末を取り出した。
それは“探索者専用インターフェース”。ステータス、マップ、支援魔法の展開など、多機能が備わっている。
「私が後衛、朝比奈さんが前衛。狩野さんは監督・支援役で動いて」
「了解。トラブルがあればすぐ連絡する」
「武器は……貸与品でも良ければ、これを」
差し出されたのは、ギルド製の簡易型ブレード。
瘴気耐性処理がなされており、魔力伝導率も高い。
「……悪くない。ありがとう」
一翔はそれを受け取り、腰に収めた。
握った感触は軽く、だが芯に重みがある。
白神紗夜が、ふっと微笑んだ。
「似合いますね。……なんだか、剣士みたい」
「まあ、剣士見習いぐらいで頼む」
そんな冗談を交わすうちに、彼らは建物の地下入口へと辿り着く。
鉄製の扉を開けた瞬間――
「……うっ、これは……」
「瘴気だな。腐臭に近い」
鼻を突くような重苦しい空気が、地下から立ち昇っていた。
床には細かな瘴気の結晶が散らばり、赤黒く脈動している。
「気をつけて、何かが近くにいる……!」
白神紗夜が短く警告する。
一翔も自然と呼吸を浅くし、足元を確かめながら階段を降りていく。
地下は、薄暗い石造りの通路だった。
奥へ進むにつれて、壁にはびっしりと苔のような瘴気結晶が広がっている。
「まるで、内部から喰われたみたいだな……」
「その表現、正しいかも」
突然――
ズシャッ
何かが滑るような音。
壁面から、“それ”は出てきた。
「接敵!」
白神紗夜が叫ぶ。
現れたのは――粘液と瘴気に覆われた昆虫のような魔物。
脚は六本、体表は甲殻に覆われており、目は退化している。
だが口器は鋭く、毒液のような液体を垂らしていた。
「これは……ビッグローチ……いや、“リンク・コックローチ”!」
狩野の声が緊張を帯びる。
「群れで出たら終わりだ! 一匹残らず叩け!」
「来るぞ――!」
魔物が跳躍し、口を大きく開いて飛びかかってきた。
「っ……!」
一翔は反射的にブレードを振る。
刃は的確に胴を斬り裂き、粘液が飛び散った。
「やるじゃない。初実戦とは思えない動きね」
「体が、勝手に反応しただけだ……!」
背後では白神紗夜が支援魔法を展開していた。
「エンチャント・バイタリティ――生命力上昇」
「助かる!」
彼女の詠唱により、一翔の体内に温かい力が満ちる。
リンク・コックローチはさらに3体、横穴から現れた。
「包囲される……!」
「下がれ!」
狩野が何かを放った。閃光と共に爆音が轟く。
「これは――」
「閃光結界。目くらましだ。今のうちに一体ずつ潰せ!」
一翔は突進し、二体目の胴を斬りつけた。
だが三体目が背後から迫ってくる――
「危ない!」
白神紗夜が杖を振り上げた。
「聖撃――イノセンス・ノヴァ!」
閃光が爆発し、魔物を吹き飛ばす。
聖なる属性の衝撃波が、瘴気を祓いながら魔を焼く。
「やるな……」
「当然です。私は公安でもありますから」
彼女は軽く微笑んだが、額には汗が浮かんでいた。
すべての魔物が倒れるまで、数分もかからなかった。
しかし、それでも一翔の呼吸は荒く、足も震えていた。
「初陣、見事だったよ」
狩野が近づき、肩を叩く。
「……まだ、手が震えてる」
「それでいい。怖れを忘れるより、ずっとマシだ」
白神紗夜もまた、近づいて頷いた。
「これで“戦える”と証明されました。……朝比奈さん、あなたはもう、元の世界には戻れません」
「分かってる。もう、とっくに」
そのとき、地下奥から新たな振動が響く。
ゴゴゴ……
「っ……これは……!」
「まだ終わってない」
三人が警戒を強める。
「奥に、“何か”いる。たぶん……あれが巣の中心」
一翔は、剣を握り直した。
「行くぞ。“ルームマスター”として、ここは俺が始末する」
――北千住の地下に広がる“瘴気の巣”。
その奥には、想像を超える“存在”が待ち受けていた。
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