第二節「最初の敵、最初の戦い」

一翔は、鉄パイプを握りしめ、クローゼットの奥へと足を踏み入れた。


ダンジョンの入口は、まるでこの世のものとは思えない黒光りの石材で囲まれ、かすかに瘴気のような気配が漂っていた。まるで廃坑のような冷たさ。壁の隙間からは青白い光苔のようなものが淡く灯り、足元の視界をかろうじて照らしている。


「これが……ダンジョンか」


静寂。心音すら響きそうなほどの静けさだった。


それでも一翔は進んだ。


《瘴気濃度:低》


《危険度:小》


《推定魔物:スライム系》


その情報が頭に直接響いたとき、足元にぬめるような気配が広がった。


「っ……!」


目の前に、粘体が盛り上がる。それは淡い青色を帯びた、球体に近い形をした、——スライムだった。


「スライムって、本当にいたのかよ……」


ゲームで何百体と倒してきたはずの雑魚モンスター。しかし実物を目にすると、その不気味さは別格だった。


ぐにゅう、と音もなく動き、スライムが跳ねる。


「来る……っ!」


鉄パイプを両手で握り、一翔は反射的に振るった。


——ガンッ!


鈍い音とともに、パイプがスライムに直撃する。ぐにゃりと潰れたような反動が腕に伝わり、重く跳ね返される感覚に、一翔は一歩後ずさった。


《ダメージ:小》


《スライムの物理耐性:中》


「硬ぇ……!」


体のどこが急所なのか、わからない。だが——


「……でも、やれる!」


一翔はもう一度、パイプを振り下ろす。スライムの動きは鈍い。攻撃らしい攻撃もない。


何度か打ち付けるうちに、青い体がひび割れ、中央が赤黒く変色していく。


《討伐完了。経験値取得。熟練度上昇。》


スライムが消えると同時に、頭の中で“通知”のようなものが鳴った。


「倒した……俺が、魔物を倒したんだ……!」


現実味がなかった。だが、目の前の光景が何よりの証拠だ。


鉄パイプの先には、スライムが残した“魔石”がひとつ転がっていた。ビー玉程度の大きさで、ほんのりと青く光っている。


《魔石取得。ランク:E》


《換金可能。装備強化にも使用可》


「換金……金になるのか?」


そう呟いたとき、現実の重みが蘇る。


——仕事を失い、電気代も払えず、食費にも困っていた日々。もしこの魔石が“収入源”になるのなら、話は変わってくる。


「……まだ他にも、いるか」


さらに奥へと進む。足音は沈み、空気が冷たくなる。


途中、分岐のような小部屋に差し掛かったときだった。


「ギュルゥゥゥ……」


粘体のような音に続いて、赤みがかったスライムが現れる。今度は、さっきよりも明らかに大きい。


《ポイズンスライム 出現》


《状態異常:毒》


「やば……!」


即座に距離を取る。しかしポイズンスライムは鈍重な体を引きずりながらも、一定の速度で迫ってくる。ぬるり、ぬるりと——だが確実に。


「毒を食らったらまずい……!」


無謀な接近戦は避け、部屋の隅を使って相手の動きを誘導する。


「こいつの動きに合わせて……!」


ポイズンスライムが左に移動するのに合わせて、一翔は右へと駆け、背後に回り込んだ。


一撃、二撃、そして三撃目——!


——ズバァ!


パイプの端が、偶然にも中心部にある“核”のような部分を叩き割った。


《討伐完了。スキル習得条件達成》


《新スキル発現:弱点看破〈アナライズ・アイ〉》


「スキル……!」


すると、目の奥に“赤い枠”が浮かび、敵の構造がぼんやりと透けて見えるような感覚が現れた。核の位置、耐性の有無、属性の傾向——まるで戦い方を教えてくれるかのように。


「これなら……戦える」


手応えを感じた一翔の目が、ようやく光を取り戻していた。


彼はまだ知らない。これが“再起”の始まりであり、“世界の理”に抗う戦いの、最初の一歩にすぎないということを——。

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