3 The Girl on a Film ②

 姉であった滝口 瀬那とカフェで別れ、数時間の後、海上 碧人は深夜の首都高を車で移動していた。ウィッグの前髪から解放された額に冷却ジェルシートを貼り、汗臭くなった服を脱ぎ、曝した素肌を汗拭きシートで拭いていく。


 そんな様をモニター越しに覗き見する運転者が語り始める、、


「ねぇ、碧ちゃん、Joy’s Babyって、聞いたことあるでしょ?


 そう、、卵子と精子を試験管内で受精させた後、成長した受精卵を母体に戻すことなく、人工子宮、人工胎盤で成長させて、母体の産道を通過せずに生まれたベイビーのこと、、


 子供とは女性が命をかけて出産するものって考えは「性差別」で「生存権」を著しく侵害しているって主張が「当然」となって早20年、、今は、Joy’s Babyが普通な時代よ、、


 碧ちゃんがJoy’s Babyかどうかは分からないけど、、


 そういえば、もう直ぐこの国でもDesigner Babyが開襟されるみたいよ。あらゆるスポーツ団体が対応に苦難してるみたいだけど、ジェンダーアイデンティティの時と同じ、難しい問題よね、、


 まぁ、自然妊娠、自然出産を叫んでる連中はまだいるけど、LGBTの法的認知以降、夫婦とは「親友」ってのが「常識」になったでしょ?だから、夫婦間での性行為はしないのが「ノーマル」となった今、それが「自然」かどうかは、、


 あのね、性行為って女性側のデメリットが大きいのよ。妊娠への恐怖以外にも、色々と精神的/肉体的苦痛を受けるのよ。だから、性欲を満たすのは「南極」でってのが、、


 え?何故あの手のアンドロイド性風俗店が「南極」と呼ばれているのかって?


 ・・兎に角、今はそんな時代よ。もう親なんて精子と卵子を提供した存在でしかない。親からしても、子供は「自分の自由を束縛する存在」でしかない。昔のような親子の絆なんて、古典的物語にしか存在しない、、


 だ・か・ら~


 もう碧ちゃんの母親は『あ・た・し』ってことで良いと思__


 __絶対ぇ~、思わねぇよ。」


 後部座席と運転席の境界を室内カーテンで拵えた碧人は付け加える。これから肌着も変えるけど覗くなよ、モニター切れ、と。



    ****



 半分ほど開けた窓から首都高の白光が周期的に車内を駆け抜けていく。着替えを終え、ウィッグネットと化粧を取った碧人の表情、、14歳の少年の顔が、LEDの白と夜の闇で交互に染まる。


 素顔に受ける自然の風と、車内を流れるChill Out系音楽に寛ぐ__


「碧ちゃん、素顔の時は窓開けない。顔認証ネットに引っ掛かっちゃうよ、」


 ストーカー撲滅法案に伴い、あらゆる場所に設置された顔認証型監視カメラ。かなり高い精度で人物特定ができ犯罪防止に役立っている一方、それは、身を隠す生活を送る碧人にとっては最も気をつけなければならない存在であった。


「僕が悪い訳ではないのに、、」


 愚痴をこぼすも、言葉が正しいことを理解する碧人は窓を閉めた後、炭酸ジュースで身体の火照りを落としながら、運転者__江沼に向け話始めた。


「江沼さん、先の話なんだけど、、」

「碧ちゃん、何度も言ってるでしょ。私のことは『ママ』と呼んでって、」


「「・・・・・」」


「江沼さん。先の話なんですけど、、」

「意外と頑固ね、、まぁいいわ。何故あの手の店が『南極』って呼ばれるかって話ね。それはねぇ、、」

「そっちの話はどうでも良いです。『親子の絆』の方です。」

「あぁ、、そっちか、、」


 頗るつまらなそうに答える江沼であったが、碧人の意図を汲み取り応える。


 現代の親子関係とはそんなものであり、卵子を提供しただけの女性を『母親』とするより、碧人の成長を見守る覚悟を持った存在を『母親』とするべきだと。


「子供が親を選択する権利も法律で認められてるんだから、見知らぬ存在に固執する必要ないと思うけど、」

「そう、、ですね、、」

「だいたい、聞いてる話じゃ、その女、碧ちゃんが生まれてすぐに蒸発したんでしょ?ある日、突然、幼い碧ちゃんを捨てて、、


 __捨てる。


 その言葉に表情を曇らせる碧人。今、車が向かっている集落付近にある不法投棄された家電製品と廃車の山が脳裏を過る。その隙間で、無残な姿で朽ちている自分の姿が浮かび見える、、


 雨水と汚水にまみれ、破損した骨肉からオイルを流出し続ける、、森林の生命を、大地の営み終わらせるような有害なオイルを、延々と、終わることなく、不浄の血を流す自分、、


 多くの命を奪い、、多くを汚染し、、多くを穢し、、やがて、、


 幼い頃、繰り返し見た夢に、碧人は息苦しさを覚え身を固くした。それを察した江沼は謝罪する。不適切な表現だったと。


「ごめんね、、まだ、、何も分からないわよね、」

「いえ、気にしないでください。あの男の話が事実なら、僕は捨てられたんです、」

「まだ決まった訳じゃ、、でも、、取り敢えず、何があっても大丈夫なように、私のことを『ママ』って呼ぶ__


 __いえ、それは無理です、」


 即答する碧人。流石に、48歳の女装者を「ママ」と呼ぶのは無理です。その手の店の従業員じゃないんですから、と。

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