光溢れるこの海で、またあなたと会えたなら。

田崎彊兵

第1話 とある雨の日。

 私は自分が嫌いだ。

 自室の机に並べられた、友達と一緒に撮った写真。フォトフレームの中に大切に飾られたその写真に写っている私の姿は、マジックで何度も何度も執拗に黒く塗りつぶされている。

 いじめられてやられたわけじゃない。私自身がそうしただけ。

 いつからだろうか、気が付いたら私は自分の顔を鏡に映すのすら苦痛になっていた。

 お世辞にも小顔とは言えない瓢箪のような輪郭、鏡で手入れをしなくなったせいでボサボサになって枝毛だらけになった髪の毛。

 視力が悪いせいで、瓶底の様な地味な黒メガネを掛けている。そのせいで余計に自分のみすぼらしい顔つきが目立っている様にすら感じた。

 元から奥二重でくっきりとした目つきでもなく、視力も悪いため眼鏡を掛けないでいると、睨んでいる様に見えてしまうだろう。

 身長も170センチとムダに高いから、目つきとも相まって余計に愛想が悪く見えてしまう。


 私は椅子に座ると無造作に並べられた写真に目をやる。

「皆、どうしてるかな……」

 私はぼそりと呟きがなら窓の外を眺めた。今日は生憎の天気で、外は土砂降りの雨。バタバタと打ち付ける雨が窓を濡らしていく。


 私は中学生の時に両親を亡くし、祖父母の元に預けられた。学校も転校となってしまい仲の良かった友達ともろくに別れの言葉すら残すことが出来なかった。

 県外の私立高校に進学することになり、新しい学校生活に中々馴染むことが出来ないまま、二年生の春を迎えていた。


 昨晩から降っていた雨はまだまだ止む様子はなく、朝だというのにまるで闇夜が急に迫って来たかのように、雨雲が空一面を覆い被していた。


 ついついボーっとしてしまっていたせいで登校時間がギリギリになってしまっていた。バタバタと忙しなく階段を下りてくる私の姿を見て、おばあちゃんは『おやおやまあまあ』と笑いながら弁当を手渡してきた。


「おじいちゃん、おばあちゃん、行ってきます!」

 私はおばあちゃんが作ってくれた弁当をカバンに押し込むと、二人に声を掛け、急いで靴を履き、よたつきながら傘を持つと、飛び跳ねる様に玄関を開けた。

 自宅前の道路は、登校中の生徒達がまだチラホラ歩いていた。

 私はホッと胸を撫で下ろすと、誰も見ている訳でもないのに平然を装い、通学路を歩き始めた。


 ざあざあと降り続ける大雨は、私のカバンや靴を容赦なく濡らしていく。

 傘を軽く持ち上げて見ると、濃いピンク色をした色鮮やかな桜が咲いている。

 今年の春は少しばかり肌寒かったせいか、七分咲き程の桜の木にはピンク色をした蕾が、開花を今か今かと待ち望んでいるかの様だった。


 私が登校する歩道沿いには、それほど大きくはないけれど、桜の木が一定間隔に植えられており、それが最寄りの駅から学校までの約1kmに渡って続いているため、ちょっとした花見スポットになっている。

『これだけ雨が降ってると、来週いっぱいで桜も見納めかな……』

 やめよう、私みたいな地味女子には桜なんて美しい物は似合っていない。

 視線を落とし、また足元を見る。雨で儚く散った桜の花びらが歩道を彩っていた。

 


『おっはよ——!!』

『うぃ——』

 生徒達がそれぞれ挨拶を交わす中、私はさながら黒子の様に存在感を消し、自分の席に腰を下ろした。

 カバンを机のフックに掛けると、中からフェイスタオルを出し、濡れたカバンや腕を拭いた。

 二年生になってから数日しか経っていないというのに、私の周りのクラスメイト達はもうそれぞれのグループを作りつつあった。


『でさー』

『マジかよ!』

『ギャハハハハ!!』

 私の周りで湧き上がる会話。誰も私の事なんて見てはいない事は分かっている。

 けれど、その大きな声は【陰キャ】を絵に描いたような自分にとっては十分過ぎるほどに恐怖だった。

 私の事を嘲笑っているのかな……?

 私が不細工で陰キャなのをネタに盛り上がっているの……?

 そんな考えばかりが頭を駆け巡ってしまい、呼吸をするのですらままならない程だった。

 とてつもない恥ずかしさが込み上げてきて、いたたまれない気持ちになり、私は机に突っ伏した。


「えっと、西尾さん……だったよね? ちょっといい?」

 俯いて黒子を決め込んでいた私の真横からふいに男性の声が聞こえてくる。いや、流石に気のせいだろう……。私に声を掛けてくるなんて余程のゲテモノ好きとしか言いようがない。


「おーい、西尾さーん!?寝てんのー?」

 間違いない、私に声を掛けてきている!?


「はいー!なんでしょう!!」

 ガバッと起き上がった私は、声のした方を見ながら返事をしたが、声は裏返り、イントネーションもおかしい上に、大声を張り上げてしまった。


————————


 私の恥ずかしい奇声のせいで一瞬シーンと教室全体が静まり返ったが、しばらくの後再び生徒達は何事も無かったかのようにだべり始めた。

「ビビったー。そんな大声出んだねー」

 声の主は、私の隣の席のクラスメイト『田原 涼』くんだった。

 彼はミディアムウルフヘアーで、茶髪に焦げ茶色が混じった髪色をしており、髪の毛はサラサラで、風になびくその髪はとても綺麗でキラキラ輝いて見えた。


 見るからに不良っぽかったけれど、顔はモデルかよって位に小顔で、切れ長の瞳にくっきりとした二重、女性の私も羨ましく思えるほどの長いまつげ。唇も艶やかで健康的なピンク色をしており、ハッキリ言って美男子だ。

 

 身長は180センチくらいはあるだろうか。雨で濡れたシャツから筋肉質な腕が透けて見える。太い首、肩幅のある大きな体……。ってどこを見ているんだ、私は。はしたない!!


「な、何……?」

 平然を装ってはみたものの、いかんせん目のやり場に困ってしまう。

「西尾さんってさー、確か【釣り愛好会】に入ってるよね」

「う、うん。そうだけど……」

「じゃあさ、俺も入れてよ、釣り愛好会!」

「……へ?」

 彼から出てきた言葉は、私の予想をはるか斜め上に行くものだった。

 私はてっきり、『今からダッシュで購買に行って、パンと菓子買ってきてくんね?』とか言われるもんだとばかり思っていた。

 ちなみに釣り愛好会とは、基本的な釣りのマナーを遵守しながら釣りを楽しむ部活。愛好会と呼んではいるけれど、登録としては『釣り部』という名称で部活として登録されている。


「ダメだった?」

 俯き気味な私の顔を覗き込むように、彼は机の横にしゃがみ込んで聞いてくる。

 そんな上目遣いな彼を見て、私の心臓はドキンッと激しく脈を打った。正直、男性と面と向かって話した事が数回しかない私はたまらず俯いてしまう。


「だ、ダメって事は無いと思うけど、部長に聞いてみないと……私の一存では決められないかな……」


「うーん、そっかぁ……」


「お前ら、席に着けー」

 教室のドアをガラリと開けて、担任の教師が入って来る。

「じゃあ、今日部活行く前に声かけてよ。俺から聞いてみたいから一緒に行こうぜ」

 そう言うと彼は、何事も無かったかのように隣の席に腰を下ろす。

 私は田原君にバレないようにそっと彼の方に目をやる。今冷静になって考えてみると、彼の様な美男子で陽キャな男子が私みたいな日陰者に話しかけてくるだろうか。

 いや、実際に話しかけられはしたけれど……。


 もしかして、私って罰ゲームかなんかの標的にされてる?

 小説や漫画なんかでよく読んだ事はあるけど、オタクがクラスメイトの陽キャグループから罰ゲームの標的にされて、『一週間アイツと付き合う事ー!』みたいなやつ。もしかして、それに引っかかったのか、私は……。


「はぁ……。そうだよね……そうに決まってる」

 小声でそう呟くと、私は早くも田原君と会話をしてしまった事に後悔するのだった。

 

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