巳山のお姫様は何を願う。

ありま氷炎

巳山のお姫様

第1話


「お前が俺を好きだって?気持ち悪い。男の癖に女の格好して、二度と俺を好きだなんて言うな」


 阿緒(あお)は幼馴染みにそう吐き捨てられ、初めてその時に、自分が男であることを呪った。

巳山(みやま)家の五番目の子である阿緒は、女の子でありますようにと願われたが、男として誕生した。

 しかし、どうしても女の子が欲しかった母は、阿緒を女として育てることを決めた。


 本当の性別は隠され、阿緒は蝶や花と大切に育てられた。

 美しい阿緒は皆に愛された。

 だから幼馴染みに素直に気持ちを伝えたのだが、そう吐き捨てられた。


 巳山家の分家の息子で、幼馴染みの多津(たつ)。

 阿緒(あお)の本当の性別を知っている者は分家でも一部のもので、多津(たつ)の家である椎谷(しいたに)も秘密を共有する分家に含まれていた。

多津の暴言によって怒ったのは本家巳山家。

 処罰を科すところを救ったのは、阿緒(あお)だった。

 巳山家当主は、処罰を科さない代わりに、阿緒を多津の許婚にすることを椎谷(しいたに)家に命じた。

 本家の命令は絶対であり、多津(たつ)には愛人を作ることも許された。また跡継ぎは愛人が産んだ子を阿緒の子として育てることも決まり、本家巳山(みやま)家と椎谷(しいたに)家の絆は深まった。


 しかし、それは当の本人たちを置いてである。

 阿緒(あお)は依然として多津(たつ)に好意を持っているのだが、多津(たつ)は明確に変わった。

 両親に言い含められたのか、いつも作られた微笑みを浮かべ、阿緒(あお)に失礼なことを言うことはなくなった。

 しかし、明らかに二人の間には壁ができていた。

 公にはできないが、愛人の存在も認められているため、成長するにつれ、彼の側に女の影をみることが多くなった。


 阿緒(あお)、十五歳。

 第二成長期も始まり、阿緒(あお)は己の身体が本来の性に近づくのを怖がり、少食になった。


 巳山家の深窓の姫。

 阿緒(あお)は世間でそう呼ばれている。

 滅多に外にでない病弱な令嬢。

 学校に通うこともなく、家庭教師によって教育は施される。

 友人と呼ばれる存在はなく、彼が親しくしているのは、幼馴染みに多津(たつ)と、従者である寒凪(かんなぎ)。

 寒凪(かんなぎ)は、阿緒の乳母の息子で、阿緒のもう一人の幼馴染みだった。


「私が女だったら、多津は私のことを好きになってくれたかな」


慌ただしく屋敷から去った多津(たつ)の背中を見送った後、阿緒(あお)はぽつりと呟いた。


「多津(たつ)様は、今でも阿緒(あお)様のことを大切に思っておられます」

「大切。そうだよね。大事な巳山のお姫様だからね。私が女だったら、多津(たつ)に好きになってもらって、子供も産めたのに」


 阿緒(あお)の嘆きに、寒凪(かんなぎ)は何も答えられなかった。

 ただ冷たく接する多津(たつ)に憎しみを覚えた。


 自分が多津(たつ)であったら、阿緒(あお)の気持ちを受け入れ、ただ一心に阿緒(あお)だけを愛し続けるのにと。


 阿緒(あお)は何も変わっていない。なのになぜあのような態度をとるのか、寒凪(かんなぎ)は多津(たつ)が憎くて堪らなかった。


ーー


「ねえ、知ってる?男が女になれるんだって。巳山のお姫様に教えてあげようか?」

「椿。何を言っているんだ?」

「隣国の呪術師に身体を作り替える秘術を持つ人がいるんだって。多津(たつ)、教えてあげなよ」


 笑いながらベッドを転げ回るのは、多津(たつ)の愛人の一人の椿だ。

身体を繋げるだけの関係で、かれこれは一年の付き合いになる。

 多津(たつ)が阿緒(あお)にひどい言葉をぶつけ、婚約が結ばれたのは、多津が十三歳、阿緒が十二歳の時だった。

 年齢が上がるにつれて、多津にはこの結婚が重荷になった。同時に家のしがらみも理解しており、女遊びをすることで鬱憤をはらした。

 また女の影をちらつかせ、傷ついた顔をする阿緒(あお)の顔を見るのが彼は好きだった。

 阿緒は美しく、どの女よりも魅力的だった。

 年を重ね性が曖昧になっていく妖しい美しさは、多津(たつ)を魅了した。

 その気持ちを押し殺し、多津は紳士的な態度で彼に接する。

 その壁を作った態度が阿緒(あお)を傷つけ、それがまた多津(たつ)の気持ちを高ぶらせた。

 自分だけが彼を傷つけている。

 阿緒から向けられる一途の愛が心地よかった。

 彼に会った後は、もて余した気持ちを発散させるように、多津は女を抱いた。


 椿の何気ない言葉。体を作り替えるという呪術師の話。

 それは多津(たつ)に欲望を抱かせる。

 あの美しい阿緒(あお)が女になれば、その心だけではなく、身体も自分のものにできる。子すら孕ませることができる。

 多津(たつ)は椿に自分の興奮を悟られないように、静かに問う。


「その呪術師の名は何て言うんだ?面白いじゃないか。話を聞くのもいいかもしれない」

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