第四章 「信じたかっただけなのに」

最初の違和感は、彼の出張中に訪れた。

私があげた“お古のスマホ”――彼がサブ端末として使っているそれに、ふと目を落としたとき、通知に浮かんでいた名前は、信じたくない相手だった。


元カノ。


以前、彼が話してくれた。

「元カノには“もう飽きた”って振られたんだ」って、

少し寂しそうに笑いながら。


それなのに、彼は今もその人と連絡を取っていた。

しかも、彼女が何度か私たちの家に上がっていたこと、

私が夜のバイトをしている最中、彼女がギリギリまで家にいたことを、

私は一週間後に知った。


――その間、私は知らずに彼の腕の中で眠っていた。

「おかえり」って迎えてくれた彼に甘えながら、

何も疑わず、安心して、キスをして。


あの手で彼女を迎え入れたのに、

その手で私を抱きしめたの?


想像した瞬間、吐きそうになった。

私たちの空間に、“他の女”の存在が確かに染み込んでいた。

カーペットに、シーツに、空気に。


汚された。

汚されたのに、私は気づかず笑っていた。


問い詰めても、彼は言った。


「ただの友達だよ」

「なにもなかった」

「心配する必要ないでしょ?」


でも、私はずっと言っていた。

「誰かとふたりきりで会うときは、ひとこと言って」って。

「なにもないなら、隠す理由もないよね」って。


その約束を、彼は破った。


**


その夜、ひとりでベッドに横になった私は、

スマホの画面を見つめながら、ある言葉を思い出した。


「浮気された方にも原因がある」


ネットでよく見かける言葉。

たとえば「飽きられるような振る舞いをした」だとか、

「努力を怠ったからだ」だとか、

そんな理由で、裏切られた側が責められる。


でも私は、違うと思う。

どれだけ反論されても、

私はこの信念だけは、絶対に曲げない。


他の人と関係を持ちたいのなら、別れればいい。


それをしないで、関係を続けながら裏で誰かと繋がることは、

ただの卑怯で、誠実さの欠片もない行為だと思う。

それは、相手の「時間」と「信じる心」を奪っているんだ。


私は彼に合わせるためにたくさん変わった。

趣味も服も髪も胸のサイズさえも。

でも一つだけ変えなかったものがある。


それは、自分の誇り。


浮気は、誰かの心に裏で寄りかかることだ。

たとえ身体が関係していなくても、

心を隠していた時点で、それは裏切りだ。


私は、何も悪くなかった。

ずっと、まっすぐに彼を見て、

まっすぐに彼を信じて、

そして、まっすぐに愛してきた。


それなのに――

彼は、私が守りたかった場所に、

元カノの気配を引き入れた。


**


母に相談し、妹に泣きながら話し、

友達に「それはもう浮気だよ」と言われた。

翌日、私は実家へ戻った。


この先、何が正解かなんてわからない。

でも、もうこれ以上、自分を裏切りながら生きたくなかった。


だから私は、自分を守る選択をした。


それでもまだ、彼が好きな自分が、

一番苦しかった。

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