第二章 彼のために、私を変えた

彼に「かわいい」と言われたくて、

私は少しずつ自分を変えていった。


髪を整え、縮毛矯正をして、メイクも変えた。

服も彼の好みに合わせて選んだ。

彼が「胸が大きい子が好き」と言っていたから、

私は食事量を工夫して体型を変えた。

Dカップだった胸は、気づけばFカップになっていた。


それに気づいた彼が嬉しそうに笑った時、

その笑顔のために変わった自分が報われた気がした。


趣味もやめた。

私は元々、アニメオタクだった。

大好きな作品に没頭し、イベントにも通い、

フィギュアやBlu-rayに囲まれて生きていた。


でも彼と一緒にいたいと思った瞬間、

その世界は少しずつ色を失っていった。

アニメを見る時間を、彼の隣で過ごす時間に変えた。

彼はアニメに理解があったけれど、

私はもうそれすらも「彼より大事なものにはしたくない」と思っていた。


だけど、ある日ふと気づいた。


私は彼のために変わったのに、

彼は私のために何か変わってくれただろうか――と。


仕事から帰ってきた彼は、真っ先にゲームを起動する。

ディスコードで通話をしながら、何時間もそちらの世界に没頭する。

私はその隣で、ただ静かに座っていた。


同じ部屋にいるのに、まるで私は存在していないみたいだった。


たまにスキンシップはあった。

でもそれは、ゲームが終わった後。

まるで「余った時間で」抱きしめられているようで、

心のどこかがすうっと冷めていった。


「今日はそばにいてほしい」――

そう言えたらよかった。

でも言えなかった。

もし断られたら、心が折れてしまいそうだったから。


私はいつも、“我慢する方”を選んでいた。

怒らないように、責めないように、泣かないように。

だって、喧嘩になりたくなかったから。

彼に嫌われるのが怖かったから。


感謝していることも、たくさんある。


支払いを代わってくれた日。

何でもない日に、プレゼントをくれた日。

私が本当に辛かった時に、黙ってそばにいてくれた夜。


でも――

それでも、私は物じゃない。


欲しかったのは、

安心だった。愛情だった。


そしてもうひとつ。


私は、若いうちに子どもが欲しかった。


それはただの憧れじゃなかった。

体が強くない私には、体力がある“今”しか、

子どもを産み、育てられる自信がなかった。


彼との子どもを抱いて、

一緒に笑って、泣いて、

ちゃんと「家族」になりたかった。


それはわがままだったかもしれない。

でも、私にとっては大事な、大事な夢だった。


だけど彼は、あっという間に30代になっていた。

もし今子どもを授かっても、

その子が成人する頃、彼はもう50代になる。


それが悪いわけじゃない。

でも、なんとなく…不安だった。


私は未来を見ていた。

でも彼は、まだ“今”にいるような気がした。


その温度差が、

私の中に冷たい風を吹かせた。


眠ったふりをして、

隣で静かに涙を流した夜。


私は、こう思っていた。


「これでいい」

「彼に合わせていれば大丈夫」

「私が頑張れば、きっと報われる」


そうやって、自分をなだめていた。


そうすれば、

きっと幸せになれると思った。

彼もこちらを見てくれるはずだって。

私を一番にしてくれるって。

いつかちゃんと、愛されるって。


そう――信じたかった。


でも、涙は止まらなかった。

胸の奥が、ずっと締めつけられていた。


そして私は、心の中で静かに問いかけた。


「ねえ、私は――あなたに届いていますか?」

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