第3話


「はいはい! えー、本日もカズネさんの芸術作品は素晴らしい! そんな感動にいつまでも浸っていたいですが、泣く泣く置いておきまして」


 翌日。再び第四学年の合同授業にて。

 昨日よりも更に大きくて見事な大木と、枝にびっしり枯れた花々を咲かせたカズネの作品に、教師が十分ほど恍惚こうこつと観察しまくった後。

 教師は、ぱんぱんと軽く手を叩いて生徒達の注目を集めた。先程のだらしない笑顔とは打って変わって、実に爽やかな笑顔である。カズネは教師のこの緩急の付け方を尊敬していた。


「先生、いつもありがとうございます! 自信が持てます!」

「俺からも。カズネの最高の花を評価して下さってありがとうございます」

「もちろんだよ、カズネさん、カエデさん! だが、いつまでもこの素晴らしさにトリップしているわけにはいかない。教師としてね」

「いや、先生だけだろ、トリップしてたのはよ」

「というわけで! とりあえず新学期も始まったので、今月末に小テストを行います」


 ナツキのツッコミはまるっとスルーし、教師はとても良い笑顔で言い放った。

 途端、「ええええええええ!」と生徒達から総ツッコミを受ける。誰しも、テストは嫌なものである。一部を除き。


「ちょ、先生! まだ四月になったばかりだろ⁉」

「一応、前期の評価の一つになるから。みんな、全力で当たる様に」

「って、ええええええあああああああああっ⁉」

「う、嘘だろっ⁉」

「一カ月も経たないうちにテストって、鬼! 鬼教師!」

「はいはい、鬼でーす。そんなわけで、今の発言もテストの点数に含まれまーす」

「ぐあ……っ! 先生、マジで鬼……」

「はいはーい、鬼でーす。テストの点数に含まれまーす」

「……この教師、楽しんでやがる」


 ナツキの呆れた発言に、教師はにっこり笑うだけだ。ダイキというのがこの教師のの本当の名前だが、「まだ恐れ多くも偉大なる緑の『大樹』と同じ名前を冠するには精進が足りない」という訳の分からない理由で、名前は呼ばせない。つくづく草木花が大好きな教師である。


「それで先生! どんな試験をやるんです?」

「カズネさん、良い質問ですねー。これは二人一組でやってもらいまーす」

「え⁉」


 ざわっと、その場にいた全員の足が浮き立つ。

 テストとは、基本的には一人で行うものだ。学術教養試験しかり、技術試験然り、第三学年までは全て一人でさせられた。

 しかし、第四学年からは違うらしい。にやり、と教師が悪戯っ子の様に笑う。


「晴れて神々の手伝いをすることになれば、みんなで力を合わせて花を咲かせることになるからね。第四学年からは、共同作業が多くなるよー」


 その発言に、なるほど、とカズネも深く頷く。

 両親は二歳違いではあるが、どちらも春のプリンセス。地上が春の時期になると、二人も別の春のプリンセス達と協力したり、または交代したりしてお勤めをしている。

 二人で家を空けることも多くなるので、その間はカズネが弟の面倒を見たり、友人達の家に世話になったりしていたのである。今はカズネは学園生活なので、主にカエデ達友人の家族が見てくれていた。つくづく素晴らしい友人達を持ったと感謝している。

 プリンセスやキングになれば、みんなで協力するのは当たり前。それを今から身に着けるのは、当然のことだと学生達も納得した。


「特にクラス関係なく組んで良いから、色んな草花や木々を小さな庭……まあ、花畑に咲かせてもらうことにするよー」

「え! どのクラスと組んでも良いんですか?」


 その疑問は、カズネ達全員の疑問である。

 通常は、同じ季節の花咲人の者同士で協力し合う。後はせいぜい、次の季節に移り替わる時に、次の花咲人に交代、または協力をするくらいだ。

 それなのに、今回の試験はどの花咲人の者と組んでも良い。

 例えば、春と秋という、普通なら決して交わることのない季節の花咲人と組んでも良いというのは、不思議な気がした。



「ああ、普通のテストじゃ面白くないだろ?」



 そんな理由かよ。



 全学生のツッコミが一つになった。

 だが、カズネは面白そうだと思った希少な一人だったので、他の者達の心の声は届かなかった。


「そうですね! 先生、天才です!」

「だろう? 流石はカズネさん! 分かってくれると思っていたよ!」

「もちろんです! わくわくしますね!」

「えー。……で、でも、夏や秋、とか隣の季節ならともかく……春と秋とか、夏と冬とかって、普通なら一緒に咲いたりはしませんよね?」

「いやいや、そんなことは無いだろう? 例えば、そうだね。エボルブルスやユーフォルビアなんかは、春から冬まで咲くだろう?」

「……あ」


 確かに。


 学生達が、またもはっとする様に目を見開いた。

 メジャーどころな花ばかりに目を向けがちで忘れられることが多いが、花は二つの季節どころか、三つ四つまたいで咲くものもある。

 二つの季節をまたぐものが多くはあるが、もっと長く咲く花もそれなりに存在すのだ。

 教師は学生達の反応に気を良くし、またもにやりと笑った。



「ふむ。君達、まだまだ教養の方の勉強が足りないね」

「――!」

「第三学年までは基礎を中心にやるからねえ。……第四学年からの三年間は、全て応用になる。今までの様なやり方だと、振るい落とされるぞ」

「――! はい!」



 教師の意地悪い笑みに、学生達がびしっと背筋を伸ばして返事をする。

 カズネ達は昔から、よく図書館で図鑑を、それこそマイナーなものまで見ていたから知っていたが、そうでない者達には知らないことの方が多いのかもしれない。

 とはいえ、全員が全員そういう反応ではないから、無事にこのテストは乗り越えられるだろう。

 それよりも、だ。


「はい、先生!」

「はい、何だね、カズネさん!」


 カズネにとっては、重大な要素を見過ごせない。

 この小テストは、前期の評価の一つともなると言っていた。

 つまり。


「私は、立派に枯れ木の花を咲かせられますが、現実、技術得点はマイナスになります!」

「ほう、そうかね?」

「はい、そうです!」


 実際、この教師も「評価は不可能」と今まで出してきたのだから、分かっているはずだ。とぼけた感じで答えるあたり意地が悪い。


「なので、私と組むと全員もれなくマイナスになると思います!」

「ほう、そうかね?」

「はい、そうです!」


 びしっと挙手をしたまま、カズネは元気良く答える。

 第三学年までのカズネの技術得点は底辺の一言だ。

 もし、カズネと運悪く組んだ生徒は、完全に足を引っ張られる形になってしまう。それは、カズネの望むところではない。


「なので、私は一人でやろうかと思います!」

「はい、それはいけません」

「はい? どうしてですか?」

「だって、君の才能は足を引っ張る様なものではないからねえ」


 にこにこと心の底から褒め称える様に、教師が一蹴する。

 確かにこの教師はカズネの花が好きな様だが、それでも成績となると別だ。


「ですが、先生は今まで一度も、私のテストに点数を付けてきたことはないですよね?」

「まあねえ。それが答えだから」

「では、他の生徒が頑張って花を咲かせた場合は、それだけが得点となりますか?」

「さあねえ。それはどうだろうか」


 つまり、カズネと組んだ生徒も点数が付かない事態に巻き込まれることにつながる。

 それは大変よろしくない。何とか、カズネは単独行動を実行しようとした。

 だが。



「はい、先生」



 カズネが何かを言う前に、カエデが静かに挙手をした。

 そして。



「俺、カズネと組みます」

「はいっ⁉」

「おお、よく言ってくれた! 君達の力作、楽しみにしているよ!」



 いえーい、と教師がカエデとハイタッチを交わすのを、カズネは見送ってしまった。カエデも静かな笑みをたたえたまま、教師と心からのハイタッチを交わしているので、見逃しそうになってしまった。

 だが、騙されてはいけない。

 ぐりん、とカズネはカエデを振り向き、その両肩をがっちり掴んだ。


「待ちたまえ、カエデ!」

「何だね、カズネ」

「口調を真似ている時ではないよ⁉ 君! 私と組んだら! プリンスの座が遠ざかるよ!」

「そんなことはないよ。カズネと組んだら、プリンスの座は約束された様なものだよ」


 うんうん、と静かに、だがしっかりと力強く頷くカエデに、カズネは頭を抱えて飛び上がる。


「な、ナツキ! リンネ! カエデが! 壊れた!」

「ああ? いつものことだろ?」

「まあまあ。大丈夫ではありませんか? カズネとカエデなら、最高傑作になりそうですよ」

「り、リンネまで! 壊れた!」

「ああ? いつものことだろ?」

「なら、ナツキが先生に抗議してくれたまえよ!」

「ああ? お前とカエデなんだから、普通にみんなをぶっ飛ばす花を咲かせられるだろ?」

「な、ナツキも! 壊れた!」

「いつものことですよ?」


 ナツキやリンネも、特にカエデの暴走を止めようとはしない。ナツキなど、いつかの朝食では、あれだけカエデがテストをきちんと受けなかったことをとがめていたのに。

 これは、何とかしなければ。

 そう思ってカズネは、はいはい、と元気良く飛び上がったが。


「じゃあ、みんなもペアになった様だしね。頑張ってね」

「ほ、ほわあああああああっつ⁉」

「おう、じゃあリンネ、頑張れよ」

「貴方も一応応援してあげますね、ナツキ」

「よし。カズネ。頑張ろうね」

「ふおっ⁉ ……い、いや、カエデ」

「頑張ろうね、カズネ」


 にこっと穏やかに、けれど有無を言わせぬ笑顔でカエデが迫ってくる。

 いつもと同じく、鮮やかに、けれど優しい紅葉色の眼差しで。

 その瞳に弱いカズネは、結局不承不承頷くしかなかったのだった。


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