春のプリンセス、わたしでもなれますか?
和泉ユウキ
プロローグ
春のプリンセス。
夏のキング。
秋のプリンス。
冬のクイーン。
この世界には、花を司る神様がいる。
その御使いである
春咲人。夏咲人。秋咲人。冬咲人。
それぞれの者達があらゆる大地で春夏秋冬の草花や作物を咲かせ、育てる力を宿し、日々力を磨く。
そして、十三歳から十八歳までの六年間を
首位になった彼らはめでたく、神様の称号であるプリンセスなどを名乗り、他の首位の卒業生と共に地上に決められた季節の花を決まった期間咲かせるのだ。
御使いの身で、神と同じ称号を冠する名誉をもらえる。
それは、学生達にとっても憧れの的となっていた。
――だが。
「ラキヤ様、すっごくカッコ良かったわよね!」
「ほんとう! まさしく春のプリンセスにぴったりな方でしたわ」
「品行方正、成績優秀、六年間最後まで一度も首位を落としたことのない素晴らしい方……ああ。憧れてしまいますわ」
「ふふっ、今年度の春のプリンセスは誰になるでしょうね?」
「それは……って、きゃっ!」
「おう、ごめんよ」
緩やかな日差しが差し込む爽やかな朝。
学園の廊下で華やかに雑談を楽しんでいた女生徒達の一人が、すれ違い様に男子学生とぶつかってバランスを崩す。
あ、と友人達が手を伸ばすも遅く。あわや床に倒れ込みそうになるところを。
「――おっと」
ぽすん、と腕の中に収まり難を逃れた。
助かった、と女生徒が思ったのもつかの間。
「大丈夫? 怪我は無いかい?」
きらりと、朝日の様な輝きを宿しながら、女生徒が助けた人物が微笑む。
そのあまりの眩さに、ぴかーっと目を焼かれ、女生徒が真っ赤になりながらどもりながら叫んだ。
「え? ……っ⁉ か、かかかかかか! かかかかかカズネ! 様⁉」
「そう! みんな大好きカズネさっ! どうだろう? 立てるかな?」
「も、ももももももち、ろ、ん、です! あ、あああああああり、ありあり」
「君は風に吹かれたらすぐに羽の様に吹き飛んでしまいそうなほど軽いんだから。例え治安の良い学園の中と言えども、気を付けるんだよ」
「は、ははははいいいいいいいいい!」
「ふふ、元気の良い返事だ。じゃあ、また教室でね」
「――っ! ――!」
ウィンクと共にひらっと手を振って颯爽と去っていく人物――カズネは、その去り際の背中さえ春風の様に軽やかだった。背が高く、すらりとした体型でパンツルックの彼女は、学園全体の憧れの的の一人である。
助け起こされた女生徒は今や、酸欠寸前であった。ぱくぱくと金魚の様に口を無意味に開閉させ、頬は赤く、心なしか瞳も潤んでいる。
カズネと触れ合った女生徒は、その日は漏れなく使い物にならなくなる。
それが、この花咲学園に
そうして、見事本日不用意に触れ合ってしまった女生徒は、きらきらと後光が強烈に差し込んだかの如きオーラに当てられ、陶酔してしまった。
「……カズネ様、やっぱりカッコ良いわよねー」
「本当本当。下手な男よりもスマートだわ」
「私、女だけれども、カズネ様と結婚しても悔いはないわ」
「それはあたしもよ! ずるいわ、結婚をする人! カズネ様の愛を独り占めできるなんて……!」
「そうよねえ。本当、ずるいわあ……っ」
ほうっとその場にいた女生徒達が、全員カズネが去った方角を見やる。その横顔はまさしく、恋した少女の憂い顔だった。
「顔良し、性格良し、教養良し。教養の成績はいつも満点。恋人としても結婚相手としても申し分なくて、最高だわ」
「そうそう。……だから、かしら」
ちらっと少しだけほっこりする様な眼差しは、女生徒達の心を雄弁に物語っていた。
「……これで実技まで満点でしたら、非の打ちどころのない完璧人間でしたわよね」
「けれど、そこまで完璧だったら、逆に手が届かなかったわよねえ」
「だから、実技が万年最下位の方で良かったですわあ」
「おかげで、少しだけ親近感が持てますもの」
うんうん、と女生徒達がしたり顔で頷き合う。
そう。カズネは、今年で十六歳になる第四学年。
入学した時から、その眩きオーラと爽やかな笑顔、そして男女分け隔てなく接する人柄に学園でも男女――特に女性にモテモテの人気者ではあるのだが。
御使いとしての能力は、最底辺を突っ走る万年赤点学生なのである。
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