第13話 異世界の衣服

 あれから約束の三日が過ぎた、今日はこちらの世界でも金曜日だ。三日間は基本的にホテルで過ごした、オフラインで出来るゲームアプリをダウンロードしていたのは今となっては正解だったな。ノートパソコンを持ってきてればな、と思うのは贅沢だろうか?


 そう言えば、部屋の外にいる護衛者に下着について相談してみると用意してくれた。具体的にはノースリーブの肌着と、トランクスタイプのパンツ、そして靴下だ。どれも着心地自体はそれほど悪くない。洗濯についても依頼すれば宿でやってくれた。流石にスーツは依頼しなかったが。スーツは一応ウォッシャブルタイプの物なので必要になれば手洗い自体は出来るはずだ。



 昼食を取って少ししてから、部屋のドアがノックされる。


「どうぞ」


「こんにちは、ヒラガ様」


 入って来たのは、ハイノとラウホの二人だ。多分、稀人選別会議のために呼びに来たのだろう。


「お二人が来られたという事は?」


「はい、稀人選別会議ご参加のために稀美保護機構メルスー支部までお越しいただきたく」


「分かりました。着替えますので、少しお待ちいただけますか?」


「ああ、そうだ。お召し物ですが向こうの世界の物をずっと着続けるのも不自由かと思いまして、稀人選別会議に先立ってこちらでいくつかご用意させて頂きました。おい」


 ハイノがそう言うとラウホが頷き、部屋の外に出て何人か連れて戻ってきた。ラウホの横にいるのはニコニコ笑顔の口髭を生やしたおじさんだ。その後ろには大きなカバンを両手に抱えた人が何人か立っている。


 髭のおじさんが俺に向かって恭しく礼をすると同時に話し始めた。


「この度はご用命頂き誠にありがとうございます。当店の服を稀人様がお召しになるなど光栄な事でございます。先立ってご用意いたしました、下着類はいかがでしたでしょうか?」


 どうやら護衛者が用意した肌着やパンツを取り扱っていた店らしい。


「中々着心地が良かったです」


「それはようございました。本日はお召し物をいくつかお持ちしました。この中にお気に召す物があれば良いのですが? おい、準備しろ」


 その言葉と同時に、後ろに立っていた人たちが大きなカバンをドンドン開いて中に入っている服を取り出していく。服は正直ずっとスーツはしんどいと思っていたので、これは助かるな。ご厚意に甘える事にしよう。


 おじさんが俺を色んな方向からじっと見て、大きく頷いた。 


「こちらなどいかがでしょうか? おそらくよくお似合いかと思いますが」


 そう言って取り出したのは、光沢があるめちゃくちゃ高そうな赤いジャケットとパンツだ。上等そうには見えるけど、派手過ぎるだろ。パーティー的な芸人じゃないんだぞ。


「……いや、これは流石に派手すぎるかなと。もう少し地味な方が良いですね、見た目よりは着心地を重視したいです」


「そうですか? 稀人様によくお似合いだと思うのですが……。もう少し地味で着心地重視となると、ふーむ……。これとこれで、こういうコーディネートが良いか。なあ、どう思う?」


 そう言って、鞄から上着やらパンツやらを取り出し、鞄を持ってきていた内の一人の女性とあーでもないこーでもないと相談している。


 やがて少ししてから、いくつかの服を提示してきた。


「では、こちらでいかがですか? 稀人様がこちらにお越しになった時にお召しだった服に近いかと思いますが」


 そう言って見せてきたのは、ヘンリーネック状の白い長袖シャツで、ややカジュアルな感じだ。触ってみると柔らかく手触りが良い。


「これは着てみても?」


「もちろん構いませんよ。どうぞどうぞ」


 宿の寝間着を脱いで、こっちで貰ったノースリーブの薄いシャツ一枚になり、その上から提示してきた白いシャツを着る。おお、これはメチャクチャ着心地が良いぞ。


「これは着心地が良いですね」


「左様でございます。使っている糸も厳選されておりますが、織り方にも工夫がされていましてね。伸縮性が高く、良い物ですよ。その上からこれをお召しになるのはどうでしょうか?」


 そう言って取り出したのは、黒い上着だ。触った感じだと革で出来ているように見える。襟はあるがデザイン性が高い、これはジャケット……もしくはブルゾンとかジャンパーかな? というかブルゾンとかジャケットとかジャンパーの違いがよく分からない。


 ともかく袖を通してみると、これも着心地が良い。腕を動かしてみるが、動きを遮られる事が無い。随分柔らかい革だな。


「これも良い物ですね、革製のようですが随分柔らかい」


 そう言うと、髭のおじさんが満面の笑みを浮かべながら、胸の前で両手をニギニギしている。こっちの世界でもこんなザ・商売人って動きする人いるんだな。


「ありがとうございます。こちらは特殊な星晃害獣の皮をなめして作った物でして、革製ながら伸縮性が高く人気の素材なのですよ。しかも防御性が高くてある程度の防刃性を持っています、そういう意味でも稀人様にピッタリでございます。」


 ……星晃害獣ってなんだ? よく分からないが謎の獣の革で出来ているらしい。


「下はこちらでいかがですか?」


 そう言って取り出したのは、黒に近い濃紺のスラックスだ。こちらも履いてみると、中々肌触りが良い。足を動かしてみるが、動きやすさも抜群だ。


「おお、悪くないですね」


「でしょう? そちらの白いシャツと同様の素材で出来ていましてね。デザイン性もさることながら、着心地・動きやすさも抜群ですよ。こちらでご確認ください。」


 大きな姿鏡を後ろにいた人が取り出し俺の前に置いた。紹介してくれた、白いシャツ、黒い革のジャケット、黒に近い濃紺のスラックスを来て鏡を見ると、そんなに派手でもないし、カジュアルすぎるわけでもないし悪くないな。


「確かに良いですね」


「こちらのシャツは襟付きの物もありますよ。こちらのシャツならこの黒のベストと合わせるのがお勧めです。着心地は良いですが、見ての通り少しカッチリした服になりますので、格調高い場所にも着ていけますよ」


 先ほどの服を脱ぎ、紹介してくれたシャツ、ベストを着て、先ほど同様に姿鏡で確認する。


 おお、こっちはかなりビジネス寄りな雰囲気になるな。色こそ全然違うがこんな感じの服を着た弁護士資格を持った芸人がいたな。


 こっちだと着てきたネクタイと合わせても、良い感じかもしれない。稀人選別会議は偉いさんが集まるらしいから、さっきのヘンリーネックよりはこちらの一式を着て行った方が良いかな。


「こちらもよくお似合いですな」


 ハイノが服を試着している俺を見て頷いている。


「うむ、場面に応じて使い分け出来そうで良いですな。では、これらでよろしいですか?」


 そう聞かれたので、ハイノの方を見る。


「もちろん、我々の方から差し上げますので、お気に召したのであれば是非お持ちください」


「じゃあお言葉に甘えて、こちら頂いても良いですか?」


「もちろんでございます。おい、これは色違いなど何着か同じ物はあるのか?」


「ございます。何着ご入用ですか?」


「そうだな……、それぞれ五着ほど貰おうか」


「今は手持ちにございませんので、すぐにご用意してお持ちいたします」


「うむ、よろしく頼む」


 そう言えば、靴が無いな。ついでに聞いてみるか。


「すみません、厚かましいのですが靴も貰えないでしょうか?」


「おお、確かにそうですな。今日は靴も持ってきてるのか?」


「いえ、お召し物と伺っておりましたので。これから稀人選別会議と伺っておりますが、お時間があるようでしたら、その道中我々の店まで足をお運び頂けませんでしょうか?」


 ハイノは顎に指をあてて考え込む仕草をしてから、俺の方に顔を向けた。


「いかがですかな、ヒラガ様?」


「では、それで」


「では、稀人保護機構に向かう途中で靴を買いましょう。もう出てもよろしいですか?」


 俺は予め荷物を纏めて入れておいたリュックを担いだ。


「問題ないです」


「では、向かいましょう」


 ……俺、ハイノとラウホ、服屋の関係者、護衛者四人と大所帯で宿から出て歩くのは目立つな。



 途中で髭のおじさんが経営している靴屋に寄り、履きやすく歩くやすいカジュアルタイプの革靴を購入した。

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