第10話 三現主義で現状確認ヨシ!

 頭をさっぱりさせるために風呂に入った。広い風呂には、足つきの大きな湯船にシャワーが用意されていて、おそらく体や髪を洗うための固形タイプの石鹸が用意されていた。石鹸を取って臭いを嗅いでみると香油の匂いがする。


 しかし、シャンプーとコンディショナーは流石に無いらしい。シャンプーの歴史って結構浅いもんな……、しかし石鹸で洗うと髪がキシキシになりそうだ……。異世界でもハゲるのは困る。


 シャワーは日本でよく見かけるシャワーノズルを自由に動かせるタイプでは無くて、壁に固定されているタイプだ。金属の管が繋がっていて、途中にある金属ハンドルを回すと水が出る。一応ぬるま湯が出るので、この宿にはボイラーでもあるのだろうか?



 シャンプーとコンディショナーが無い点がかなり気になったが、風呂に入って少しさっぱりした。ちなみに肌触りの良い上下が部屋に用意されていて、多分寝間着だと思ったので下着の上からこれに着替えた。……カユカユになったりしたら脱ごう。


 ソファに座って水を飲む(食事の時の水差し、コップ、ワインは置いていった)。……そういや、水差しの水を飲んじゃったけど、腹大丈夫かな。こういう時は水代わりにワインを飲んだ方が良いんだったっけか。水がちゃんと煮沸された物じゃなかったら、ゲリゲリになってしまうかもしれない。


 ともかく、今後の事を考えるため、現状確認から始めよう。現場・現物・現実が問題解決の基本だ。まずは持ち物の確認から始める事にする。


 身に着けていたのは、今も付けている眼鏡、ソーラー充電・五気圧防水の腕時計、Yネックの白い肌着、白ワイシャツ、青色のネクタイ、黒のシングルスーツ上下、ハンカチ、黒の革靴だ。服はこちらにもあるだろうが、眼鏡がなくなると困る事になるな。


 持ってきた鞄はターポリン素材で出来た、四角い防水性があるリュックだ。天面の三方部分をぐるっと囲うようにファスナーが取り付けられていて、開けると天面がガバッと開くタイプのやつだ。


 次に鞄の中身を全て、テーブルに取り出して確認してみる。


 まずはスマホ。比較的新し目の機種だ、専用のスタイラスペンがついていて、スマホ本体にしまう事が出来る。スマホをメモ代わりに使う事が出来て便利でずっとこのシリーズのスマホを愛用している。電池は……残り73%、もちろん圏外だ。


 財布。現金は一万円札が二枚、千円札が三枚、小銭がいくつか。それなりに入っていたが、こちらの世界で使えないから意味が無いな。


 財布には現金以外にクレジットカード、銀行のキャッシュカード、電車用のICカードも入っているが、これらもこの世界では何にも使用することが出来ない。


 家の鍵。入口のオートロックと部屋の鍵を兼ねているディンプルキーだ。これもこちらの世界では何も開ける事が出来ない。


 仕事用の手帳とボールペン。人工皮で出来た装丁に収められた紙のメモだ、一日一ページタイプで昔の仕事を振り返る際に都合が良い。ボールペンはゲルインクの赤・黒の二色ボールペンだ。


 名刺入れ。会社の名刺が三十枚ほど入っている、顔写真付きのタイプだ。会社名や役職は役に立たないが、顔写真があるから自己紹介には使えるか。


 折り畳み傘。急な雨を考えて、いつも鞄に入れている物だ。


 モバイルブースターと携帯充電用ソーラーパネル、そしてUSBケーブル。心配性の俺はいつもこれを鞄に入れていたが、本当に異世界に来てしまったならこれは役に立つぞ。


 充電式の携帯おしり洗浄機。温水洗浄便座が無いと困るマンの俺はこれも持ち歩いている。以前、海外出張の時にこれを鞄に入れていて、空港のチェックで止められ説明に困った記憶がある。


 USB充電出来る小型の髭剃り。


 その他に、会社のパンフレットなどの書類。ポケットティッシュ二個。予備の眼鏡、頭痛薬、腹痛の薬、目薬、そしてQC(品質管理)の教本だ。


 以上が鞄に入っていた物だ。こちらの世界の太陽でもソーラーパネルが使えるのかは明日試してからにはなるが、スマホと携帯おしり洗浄機をしばらくは継続使用出来る環境になりそうなのは幸いだった。


 同期の今永には、「お前は心配性すぎ、日帰りの出張でそんな荷物持っていってどうするんだ」と笑われていたが、ここは心配性で良かったと言えるだろう。なんだったら肌着の予備も持ってくれば良かったまである。


 サラリーマンは出張帰りに異世界転移する事もあるかもしれないから、日ごろ準備をちゃんとしておかないといけないのだ!なんて言い出したら、病院に連れて行かれるかもしれないが。 


 

 持ち物の確認は終わった、次はこの世界が本当に異世界なのかどうかについて、つまりは現実を改めて考えよう。ソファから立ち上がり、窓から外を見てみる。暗くなった町にポツポツと明かりが灯った町の風景が広がっている。


 それなりの間隔で街灯はあるようだし、建物の窓から明かりは見える。だが、日本のように電灯だらけで明るいという事はない。そして高い建造物は無い、五階建てらしいこの宿が一番高いぐらいだ。


 建築の専門家でない俺の眼から見ても、明らかに建築物のレベルも現代日本に比べると大きく劣っているように見えた。地球でも古い街並みを維持しているような所はあるだろうが、車が通っていたり、新しい電灯があったりと現代文明は感じられるが、この町でそういう所は一切無かった。


 建造物の次は人だ。山間にある小屋に来て、メルスーの町に来て、この宿まで移動する間に色んな人たちと話したり、すれ違ったりした。姿かたちこそ地球の人類と変わらないように見えた。そう言えば、日本人系の顔立ちの人はいなかったな。


 気になったのは髪の毛の色だ。茶髪、金髪、赤髪はもちろんのこと、ゲームかアニメかよって色の人が結構いたのだ。町全体がファッション学校でもなかったら、そんな事は有り得ないだろう。つまり、日本以外の国でもない可能性が高い。


 やっぱり、『稀人保護機構』の人が説明した通り、地球上にある国ではなく、異世界に来てしまったと考えるのが妥当だろうな。つまりは、今後その前提でどう行動するか決めないといけないって事だ。

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