第11話 当面の目標と自身の設定ヨシ!

 さて、今後どうしていくかだ。最終目標は決まっている、「日本に戻りたい」だ。


 『稀人保護機構』が言う通りなら、働かなくてものんびり暮らせる環境ではあるらしい。しかし、何もしないでも年収一千五百万円相当のニートになれるというのは話が美味すぎて少しひっかかるので、変な事がないかは今後も留意しておくべきだろう。


 じゃあそれが本当だとして異世界でニートをするのか、という話になるが……。個人的には現代日本の文明を享受し、それを存分に浴びていた身としてはこの世界に居続けるのは少し苦しいと思っている。


 こういう事が描く創作物だと異世界転生・転移して大喜びするパターンが多いし、とんでもないチートが与えられてやりたい放題好き放題出来るぜ!!ってパターンも多いが、少なくとも俺にその手のチートは与えられていない……と思う。


 顔や体は地球にいた時のままだし、一応さっき小声でステータスと言ってみたが、当然の如く何も起こらなかった。ステータスという魔法が、恥ずかしくなるという効果なら発動しているとも言えるが、地球でも漏れなく発動するのでこちらの世界独自というわけではないだろう。つまり、魔法でも特別なスキルでも何でもない。


 まあ、こちらの世界に転移した時にその手の不思議な力が貰えるなら、『稀人保護機構』で何らかの説明があるだろうから、そんなものやはり無いという事で良いと思う。 


 チートは無い、その上でこの世界で過ごしたいか?と考えてみる。ブラック企業で働いていたならともかく、俺は三十一歳で年収七百二十万、年間休日百三十日+年間二十日有休、毎日ほぼ定時帰りの環境で割と満足していたのだ。


 働かなくても良い環境になりそうとは言え、文明レベルが全然違うから、それに伴って生活レベルも全然違うし、ゲームが趣味と俺としては、犯罪都市で色々やるオープンワールドゲームや、最終幻想的なゲームの三作目など心残りが多い。もちろん、家族に二度と会えないというのも困る。


 色々考えてみたが、やはり最終目標は「出来るだけ早く日本に戻りたい」だな。


 とすると、向こうとこっちで時間の流れがどうなっているのかは気になるな、浦島太郎みたいになっても困る事になる。ただ、気になったところで確認する術はない。つまり、気にしすぎても仕方がないという事だ。


 それを目標とした時、次に考える事は「これから何をすれば良いのか」になる。昼にハイノと話した感じだと、その手の情報はあまり無いようだった。


 情報が少なすぎるが、現状を踏まえて考えられることがいくつかある。


 一つ目は、地球へ帰る手段はあるが、隠しているという可能性だ。ハイノの口ぶりでは稀人はかなり大事な存在らしい。帰らせたくないから言わない、という可能性は十分に考えられる。または、命に関わるような危険な手段を伴うから、やらせたくないというパターンもあるかもしれない。


 二つ目は、少なくともハイノは帰る手段を知らない、というパターンだ。手段はあるが、もっと上層部しか知らないという事はあるかもしれない。


 最後は帰る手段が本当に無いというパターンだ。ここで一生を過ごさなければいけない。


 現状で三つの内のどれなのか確定させられる要素が無い。つまりは情報収集していかなければいけないという事になる。ハイノの言う通り、『稀人保護機構』から金を与えられて働かなくても良いという事だった。そうなると時間はあるだろうから、各地に行って情報を集めるのが良いか?


 そう言えば、『稀人選別会議』とかで有力者に引き抜かれる可能性があるとかも言ってたな。場合によっては、そっちの方が近道になるかもしれない。


 現時点で得られた情報から推測できるのはこの程度までか。


 とすればこの世界の人間とあまり深く関わりあわない方が良いだろうな、特に女性に手を出すのは厳禁だ。なまじ子供が出来たりしたら、戻れなくなってしまう。もちろん、見捨てれば可能だが、俺は流石にそこまで割り切れないだろう。


 そして性交渉ともなると、こちらの世界特有の性病を持ってる可能性を考えなければならない。こちらの世界では耐性持ちがほとんどだが、地球人の俺は耐性を持ってない、例えば梅毒のような病気を移されたら一巻の終わりになるからだ。ペニシリンもバンコマイシンも俺は持っていないからな。


 俺は三十歳を越えても魔法が使えない事は確認出来た身なので、変な誘惑には気を付けないといけない。


 しかし、ずっと勧められても困るから何か設定を作っておくか……。よし、婚約者を地球に残してきて、婚約者に操を立てたいからそういう事は不要という事にしておこう。地球に戻りたい理由としても都合が良い。


 よし、現状確認や今後やる事については確認・整理が出来た。まずは『稀人選別会議』とやらでどうなるかだな、それまでにソーラー充電がこの世界でも使えるかなど、やる事を一つ一つ確認していこう。


 ……色々あって疲れたな、今日はこれぐらいにしてこのまま休もう。



 目覚ましをかけていなかったが自然と目が覚めた。窓から外を見るともう日が昇っている、部屋に置いてある時計を見ると八時だ。ああそうだ、スマホと腕時計の時間を合わせておこう。


 しかし、上等なベッドマットなのか、いつも家で使ってるベッドと違ってかなり柔らかかったので、少し寝付くのに時間がかかったな。起きてから、ソファに座ってゆっくりしていると、しばらくしてドアがノックされた。はいと答えると、ワゴンに何かを乗せて昨日の護衛者の一人が部屋へ入ってきた。


「おはようございます、稀人様。よくお眠りになれましたか?」


「ええ、まあ」


「それは良かったです。朝食をお持ちしました」


 ああ、そうだ。水の事とか聞いてみるか。とりあえず、今のところは腹を壊したりはしていない。


「すみません、いくつか聞いても良いですか?」


「ええ、もちろんです。何でしょう?」


「そちらの水差しの水や、そこの蛇口から出る水はそのまま飲んでも大丈夫な物ですか?」


「ああ、そういう事ですか。ええとですね、水差しの水は煮沸やろ過など色々と浄化処理してありますので、おそらくお飲みになって大丈夫だとは思います。蛇口の水をそのままお飲みになるのは止めた方がよろしいかと」


 ふうむ、そうなのか。日本人の感覚だと、海外みたいな感じだな。


「そうですか、分かりました。こちらの世界でも食事は朝昼晩と三食食べられる感じですか?」


「ええ、そうですね。ここブリュッケン帝国では、朝にパンとスープをお食べになる方が多いですね、今日お持ちしたのもそれです。もし、肉料理など御所望であればお申し付けください」


「いえ、朝からそんな重い食事は必要ないです」


「承知しました。そう言えば、隣のヴィリエ王国では芋や米を食べる風習もあるとか。エルフは農業が盛んなのもあって、食にうるさい者が多いと聞いています」


 へー、米があるのか。まあ、米と言っても日本の米のような物じゃなくて、海外の細長いタイプの米かもしれないな。しかし、食にうるさいエルフって耳がとがった日本人みたいな感じだろうか?


「ワインもお持ちしましたので良ければお召し上がりください」


「いや、流石に朝から酒はちょっと」


 朝食は、昨日の夜食べたパンとジャム、そしてスープだ。スープは昨日のと違って、澄んだ茶色でコンソメみたいな匂いがする。そして、水差しとワインを新しい物に取り換えた。


「では、私はこれで。朝食がお済みになられたら、お声がけください」


 そう言って護衛者は部屋の外へ出て行った。昨日の夕食を食べて、体調がおかしいとか、腹をめちゃくちゃ下すという事は今のところない。遅効性の毒が入っているという可能性は否定できないものの、おそらく食べて大丈夫な物と判断して良いだろう。


 普段は朝食を取らないが、せっかく持ってきてくれたのでこれは有難くいただこう。おっ、このスープ美味いな。

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