世界樹の種〜記憶を失った勇者と敵対軍人の俺〜【BL】

リラックス@ピロー

第1話 遭逢

土埃がただでさえ明瞭とはいえない視界を遮る。


喧騒と、怒号。

魔道具から迸る砲声。


血と泥に塗れ、敵か仲間か定かで無い死体を跨ぎ魔道具を放射する。狙いを定めた銃撃は見事に敵の脳天をブチ抜き、しけた土色の軍服を血に染めた。


戦場に初めて立った頃は毎日胃の中身を空っぽにしていたが、今ではそんな敵の姿も日常の一部だ。

殺した敵に同情する余裕なんてないし、そんな余裕を持つ事こそが冒涜に等しい。

奪った命の重みなんて、己の死後に後悔すれば良い。

そうでなければ、敵に殺されるより先に己自身に殺される。



殺意に満ちた空気が肺を満たし、頭の芯をじんと痺れさせる。死への恐怖は敵への殺意に変わる。しかし脳みそはあくまで冷静に、思考力を失ってはならない。


ごくりと唾液を飲み込むが、乾き切った喉はそんな事で癒えはしない。

幸い大きな怪我はないが、戦場の熱に焼かれた皮膚がひりひりと痛んだ。


「くそったれ!今日の戦は勝ち確のぬるい仕事のはずだっただろうよ、話が違うっての」

「自分も同感です、ハワード曹長。本当なら今頃勝鬨を上げて、勝利の美酒に酔ってたはずだってのに」

「勝利の美酒だって?無理するな、アルフお前、下戸だろう」

「ああ?黙ってろマックス。気持ちの問題だっつの」


俺の嘆きに乗ってきたのは、小隊の部下であるマックスとアルフだ。

軍人らしく大柄で筋肉質なマックスと、軍人にしては細長い印象のアルフ。受ける印象は正反対だが、中々彼らは相性の良い仲間である。


「それにしても、どこかで情報が漏れてたとしか思えませんね」

「ああ、本当に。これだから隣国との戦争は嫌なんだ。"勇者"なんてもの、ただの戦争に持ち出しやがって」



この世界には"勇者"がいる。



いや、正確には勇者を呼び出す装置がある、と言う表現が正しいか。

どこか遠い、所謂"異世界"から装置によって召喚された異世界人を、便宜上"勇者"とこの世界の人間は呼んでいる。





数百年前には、世界中に魔物と呼ばれる異形がいた。

一体倒すのに何十人と言う人間が犠牲になるような生き物だ。そんなとんでも生物をどうにかするため、異世界人を呼び出す装置なんて荒唐無稽な物を作り上げた。

記録が正しければ、初めて異世界人を呼び出したのが200年前。黒い上下の制服に身を包んだ十代の少年だったらしい。

たった十数年しか生きていない子供に世界の命運を任せるなんて正気の沙汰とは思えないが、なりふり構っていられなかったのだろう。魔物を駆逐するまで、何人もの異世界人が命を散らしたと言う。


完全に魔物の脅威が去ったのが、100年前。異世界人を勇者と呼ぶようになったのもこの頃からだったか。歴史的に見るならつい最近と言えるだろう。


この世界の平均寿命を考えると実際に魔物を見た人間はいないだろうが、魔物の影響で滅んだ国なら見た事がある。

大きな災害に襲われたような、そんな有様だった。


そんな災害のような生き物に立ち向かえるだけの力を勇者は持っているわけだ。魔物の脅威がなくなった後、"勇者"が政治的に使われるようになったのも、なるべくしてなったと言えるのだろう。




結果的に、勇者は戦争に使われる事になった。



詳しい理論なんざちんけな軍人である俺には分からないが、異世界から呼び寄せた人間は魔力を受け入れる器がでかい。

この世界の人間が自分の体内にある魔力を使うのに対し、勇者は大気中の魔素を取り込み循環させ自分の魔力に変える。つまり魔力が無尽蔵にあるわけだ。


俺たちが電池式で魔力を使うのに対し、勇者はコンセントから直接電力を供給するのと同じく魔力を使うんだと、どっかの魔道具技師が異世界風に説明していた。俺には"デンチ"やら"コンセント"やら、よく理解できなかったが。


とにかく使える魔力量にとんでもない差があるって言う訳だ。

勇者に挑む事が、どれだけ無謀か分かるだろう。

そんなんだから、50年ほど前までは各国が保有する勇者同士で戦わせる事が主流だった。しかしある日を境に隣国以外の装置が失われた。

勇者と言う戦力を失った国ーーー俺の国を含め、隣国以外は200年前の戦い方に戻されたと言う事になる。


そこから急速に勇者と渡り合えるような技術が求められ、最近では魔道具による戦い方が一般的になった。

しかし勇者のように、大気中の魔素を魔力に変換する技術は確立されていない。魔道具はあくまで、保有魔力を最小限に、そして効率的に使うための補助具に過ぎないのだ。


「東へ5キロ先の位置に勇者を確認、まっすぐこちらへ向かってきます」


勇者さえいなければ戦力は互角。しかしその勇者が問題だ。そもそも俺たちの目的は偵察で、交戦の予定は無かった。たかが小隊規模に勇者を当てがうなんてどう考えても過剰戦力だ。


「総員撤退!!」


目眩しの魔道具を発動し、敵から距離を取る。勇者が到着すれば俺たちのような"雑魚"では全滅しかねない。

俺は魔力のいらない発煙筒を点火させ、遠くにいる仲間に撤退を知らせる。


全ての隊員が敵と距離を取ったのを確認し、隊列を組み直す。クソほど燃費の悪い退却時用の魔道具を起動させれば、浮遊感が身体を襲った。













片手に書類を持ち、ずかずかと大股で廊下を歩く。途中何人かとすれ違ったが、彼等は一様に俺の顔を見るや早足でその場を去って行った。

目があった二等兵なんかには、俺の形相に「ひっ」と声を上げて脱兎の如く逃げられた。

我ながら魔王のような形相をしている自覚はある。


俺は目的の部屋にたどり着くと、乱暴に扉をたたき返事も待たずノブを捻った。


「エイマーズ!」

「やあ、エルヴィス。返事も待てないなんてノックの意味が無いじゃないか」

「俺は何度も言ったよな?あれほど魔道具の実験を俺たちでやるなと!」

「そうかっかするなよ、綺麗な顔が台無しだ」

「あ"あ?」


切長の目元を誤魔化すように掛けられたモノクルに、無造作に首元で結われた赤褐色の髪。日に焼けない肌はカサつき血の気を帯びていない所為で不健康な印象を受ける。

いかにも研究者らしい出立のこの男こそ、軍の誇る魔道具技師の一人、エイマーズ=ウルフスタンだ。


元は市井の魔道具技師だったが、その腕を買われ軍専属になったとは本人の談だ。確かに腕"は"確かなのだろう。

ただし魔道具の実験を戦争真っ只中で行おうとしないならば。


「お前の開発した退却用魔道具。なんだあれ、スピードがあまりに早いし俺たちじゃなかったら今頃ぺしゃんこに潰されてたぞ」

「ああ、そこが問題なんだよなあ、体にかかる圧力を緩和させようとすると魔道具そのものが嵩張って邪魔になるし。かと言ってコンパクトにするには出力が落ちる。それじゃあ意味が無くなる」


魔道具の話となると途端に話が長くなるのもエイマーズの悪癖だろう。


俺相手でなければ、例え上官相手でも魔道具を弄る手を止めようとしない。そもそもエイマーズと会話が成り立つ理由も、俺の「魔導回路と魔導構成式が飛び抜けて美しいから」と言う常人には理解できない理由からだ。

とは言えそんな理由でも話が通じるだけマシなのだろう。なんせ俺の率いる小隊はエイマーズの造る魔道具を使用する機会が圧倒的に高いからだ。


勇者に対抗する為の魔道具は、常に研究が進められている。

未だに隣国を制圧するに足る魔道具は開発されておらず、複数の国が隣国ーーー正確には勇者と対立する事で漸く均衡が取れているのだ。


そんな綱渡りの状態をいつまでも続ける訳にはいかない。魔道具の開発は我が国だけでなく世界共通の急務と言えるのだ。

だからこそ悠長に実験を繰り返す余裕などなく、多少荒削りでもとにかく実地試験を繰り返せとは軍の方針である。現場に立つ身としては、ふざけるなと声を荒げたい。

しかし軍は縦社会だ。

そんな事を口にしようものなら厳しい折檻が待っている。


「風圧はこちらでなんとかする。それよりもう少し細かい調整を出来るようにしたい。危うく大樹にぶつかる所だった」

「大樹・・・ああ、世界樹ユグドラシルか。分かったよ、それなら周りの魔法陣を簡略化して、風魔法の式をいくつか付け足そう」

「俺は魔道具に詳しく無いんだ、その辺りは任せる。だけど勇者の前にお前の魔道具に殺されるなんて事が無いようにしてくれよ」

「はは、流石にそんな事にはならないよ。それにエルヴィス、君は魔力量こそ凡庸だが、恐ろしく器用に魔力を使う。例え僕の魔道具に何かあろうと対処できる、そうだろう」


本人は誉めているつもりなのだろうが、魔力量が凡庸と言われ良い気分になるわけがない。

しかし事実だからこそ言い返す言葉に窮する。せめてもう少し魔力量に恵まれていれば、もっと上手く立ち回れるのにと常々思っていた。


年齢を鑑みれば小隊を任され曹長の階級を与えられるのは十分過ぎるくらいだろう。

しかし戦時というのは階級が上がりやすい。戦果を立てやすいと言う理由もあるが、一番は上司が"いなくなる"からだ。負傷により前線を退くならまだマシだが、不幸な事に軍人と言うのは死と隣り合わせの職業である。俺より魔力量が多かった幼馴染でさえ避けられなかった。


凡庸と言われた俺の魔力量で生き残るには、潤滑な魔導回路と緻密な魔導構成式が必須になる。

魔道具にプロポーズしかねないエイマーズにさえ美しいと言わしめたこれらは、生来の才能に重ね血反吐を吐くような努力をした結果である。しかしいくら努力しようと魔力量が増える事は基本的に無い。


勇者の圧倒的な力の前に、小細工などさして意味をなさない。

しかし才能と努力で達することの出来ない領域へ踏み入る為の最終手段こそが魔道具なのだ。エイマーズの魔道具に助けられているのも事実。


「一言余計なんだよ。それより次の出陣までに調整は間に合いそうか?」

「へえ、いつ?」

「十日後」

「十日、ね。僕を誰だと思ってる?五日で仕上げるさ」

「そりゃ早いに越した事は無いが、無理はするな。割を食うのはこっちだからな」

「失礼だな。だいたい今日の魔道具だってエルヴィスは失敗作扱いしてくるが、正確には実験に失敗なんて無いんだよ。全てが成功に至るまでの道程であり、そもそもこの整然と並べられた魔導式の輝きが分からないかい?ほらここだよ。魔導士でありながらこの良さが分からないなんて実に嘆かわしい限りでーーー」

「ああもう、俺が悪かったよ。これ以上は勘弁してくれ」


エイマーズが話し出すと止まらないのはいつもの事だが、こちらは任務から帰還したばかりなのだ。自分から研究室に足を運んでおいてなんだが、欲を言えば速やかに身体を休めたい。


その為には本題を切り出さなければならない。さすがに魔道具への不満を言う為だけに会いに行くほど暇ではないのだ。

本題にも関わらず若干忘れかけていた書類をエイマーズに突きつける。軍の経理部から俺の話なら聞くだろうと半ば強引に押し付けられたその書類は、魔導具開発に必要なパーツの購入申請書だ。


「あれ?なんでこれをエルヴィスが持ってるの?」

「押し付けられたんだよ。こんな高額なもん簡単に許可できないからまずは上長の許可を得ろってな」

「えー、必要経費なのに。許可が貰えなかったから直接渡しに行ったんだよ」

「そりゃ駄目だろう。まぁ、とにかく渡したからな。こちとら勇者なんて物騒なもんとエンカウントして死ぬかと思ったんだからさっさと休みたい」

「勇者?」


勇者と言う単語に、エイマーズの周りの空気がピンと張り詰める。


俺は内心失敗したと思いながら、己の迂闊な発言を軽く後悔する。

勇者を凌ぐ魔導具は未だ発明されていない。この事実は、魔導具に己の全てを捧げるエイマーズにとって耐え難い屈辱だろう。さらに勇者という存在は、勇者であるが故、なんの努力も知識もなくその圧倒的な魔力を操る。俺のように魔力を省エネで活用する必要など無く、単純な火を起こす魔法だろうと勇者が扱えば広範囲、高火力の攻撃魔法となる。


「余計な事を言って悪かったな、もう戻るわ。書類はちゃんと許可を取れよ」


俺だって思う所が無いわけじゃないが、勇者の話が出た時のこいつ、瞳孔開いてて怖いんだよ。顔色も悪いし妙に幽霊っぽくなるんだよな。

地雷を踏んだ時はさっさとずらかるに限る。


「ッ」


扉に向かった俺の腕を、エイマーズの冷たい掌が掴む。モノクル越しに視線が交差するが、その目は予想外に凪いでいた。


「・・・魔力回路に異常が無いようで安心した」

「あ、ああ。別に交戦したわけじゃないし、遠目でちらっと見ただけだから」


大袈裟な言い方をした所為で誤解を与えてしまったのだろう。俺の言葉に安心したように息を吐くと、エイマーズは掴んでいた腕を解放した。


「任務帰りに悪かったね」

「いや、お前もちゃんと休めよ。顔色最悪だぞ」

「魔道具が僕の事を放してくれないからしょうがないね」


エイマーズらしい軽口に笑い、ほっと安心する。こいつは研究に没頭するあまり食事や睡眠を疎かにしがちだ。今度時間がある時に肉でも食べに誘おう。


俺は今度こそ研究室の扉を開くと、自室へ戻り着替えを手にしてから風呂場へと向かった。

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