第20話 鬼想い
「はあ……はあ……」
殴り疲れたのか、拳を下ろして口にくわえた短いタバコを手に取り、息を整えている。
僕はというと、うまく動くことはできない。
全身がまるで打撲したように感じ、腕や足が動かしづらい。
ミノムシみたいに、その場でうごめいた。
徐々に身体の痛みを強く感じてくる。とたんに大粒の涙が止まらなくなる。
僕はもう、何もできない。
そこへ鬼頭さんがまた、こちらに腕を伸ばしてくる。僕は怖くてビクビクとするが。
「ごめん……ごめんなさい……」
そんな僕の上半身を起こし、鬼頭さんは優しく抱きしめてきた。
「ど、どう……して」
これだけ痛めつけてきながら、優しく抱擁をしてくる。後悔に満ちた涙ぐむ息が耳元から聞こえる。
「オレ、お前が拒否するから、女の名前を言うから、頭に血が上って……ごめん」
取り乱したように嗚咽しながら抱きしめられる。
この人、不安定なんだ。日々のストレスで、心が追い詰められている。
「き、鬼頭さん……」
僕は鬼頭さんの背中をさすった。
これだけ痛めつけられておきながら、こんな鬼頭さんが、かわいそうに思ってしまった。
「……優しいね、木野くん」
顔を正面に持ってくる。
煙草をつかむ手で、涙をぬぐう。
「鬼頭さん、も、もうやめましょう」
「……でもね、こうなっちゃうのは、木野くんが悪いんだよ」
ほ、僕が悪い?
「木野くんが優しいから、オレは諦められねーんだよ!」
情緒不安定だ。また恫喝を受けてしまう。
「あーまたイライラしてきた! そうだ、お前がその女の方がいいって言うなら、そいつに顔向けできなくさせてやる」
そう言って鬼頭さんは、タバコの火が付く先をこちらに差し向けた。
「な、なにを……」
「顔に焼き跡をつけてやる」
無理やり馬乗りされ、頭を地面に押さえつけられる。
「な、なんで!」
「そのきれいな肌に跡をつけまくって、彼女に顔向けできないくらいに醜くしてやる。そんで、オレの前でしか顔を見せられなくしてやるんだよ」
いやだ……
顔に火傷なんて、長く残る、下手すると一生残ってしまう傷跡だ。
「や、やめて……」
「いやだ、もうやめねえ、絶対焼き跡だらけにする。大丈夫、オレはどんなお前でも愛してやっからよお」
じりじりと煙草を近づけてくる。鼻先で熱を感じる。
覚悟するしかない。
でも、しかし、あきらめはしない。
「……もし人に見せられないような顔になっても、僕は日和さんの彼氏だから、あなたとは付き合わない。もし彼女に拒絶をされたとしても、それでも絶対にあなたのものにはならない。こんなことまでして、なれるわけがない!」
僕は自分の意思を貫く。反抗心を剥き出しにする。
僕の気持ちは絶対に曲げやしない。
「……いいなぁ、オレも名前でよばれてぇ」
鬼頭さんはうらやましそうな、悲しそうな表情を浮かべた。
そのとき――
「星也くん!」
聞き覚えのある声がどこからかする。安心してしまうその声。
彼女が、来た。
ドンッ!!
駆け付けた人影は、鬼頭さんに体当たりをした。鬼頭さんはそれに押され、僕の上からどかされる。
「しっかりして、星也くん!」
眼鏡をかけた彼女は、僕に優しく抱き着く。
とても落ち着く。お風呂上がりのよつなフワフワした匂いと、急いで駆けつけてくれたからか、汗の香りがする。
「ごめんなさい、日和さん」
「ごめんじゃないよ……」
横長の丸縁眼鏡をかけた、紫色のルームウェアのジャージ。完全にオフといった感じの装い。
「日和さん、部屋着かわいい……」
「こんなときに何言ってんの!」
と涙ながらに叱られてしまう。
「こんなにボロボロになって……」
「情けないです。僕、日和さんに負担をかけちゃって」
「私はいつ、負担をかけるななんて言った? 負担なんてかけていいの、迷惑なんてかけちゃってもいいの! だって私は、君の彼氏なんだから!」
彼女の頬を涙が垂れている。
ここまで僕のことを好きでいてくれることを再認識して、またうれしくなって僕も大粒の涙を流した。
「でも、なんでここに?」
「家に帰った、ていう連絡がこなかったから、位置情報を確認したらここにいて。夜の公園に来るなんておかしいと思って、連絡しても既読もつかないし、電話もでないし。だから、なんだか嫌な気配がしてならなかったのよ」
心配をかけてしまった。ああ、申し訳ない。
「おい!!」
二人の空間を、その怒りに満ちた声が貫く。
「よくもまあオレの目の前でイチャイチャとしやがって」
その重たい声には憎悪がつまっている。
「あなた!」
怒りをあらわにする鬼頭さんに対し、日和さんは呼びかける。
「なんで、こんなひどいことを!」
「うるせえ! 許せねーんだよ、オレの生きる希望だった人間に、女がいるのが、許せねーんだ!」
「そんなの、自分勝手な逆恨みじゃない!」
「そうだよ! だって無理やりにでもそいつを自分のもんにしねーと、オレはもう生きる希望がないから、生きていけないから……」
涙ぐみ、地団太を踏む。それはまるで思い通りにいかない不条理に悲しむ子供のようだ。
「……殴り殺してやる。元の顔が分からね―くらいにボコしてやるよ」
そして鬼頭さんはにらみつける。恨みに満ちた、怖い目で。
そして、自分の首に着いたチョーカーの赤い宝石部分に、片手をあてがう。
「あなた、まさか」
僕も察した。鬼頭さんが何をしようとしているのかを。
「オレは、鬼だ。そこのくそ女を殺して、そいつを手に入れる。そのためなら、オレは無情の
鬼頭さんが意思を固めた。
すると、首元に当てる手から、赤色の光が漏れだした。
一瞬にして、鬼頭さんの身体は光に包まれる。その光はまるで業火のような紅で、辺りは地獄の色に照らされる。
「いけない!」
赤い光に染まる日和さんはすぐに警戒し、まだ地面にお尻をつける僕の前に立つと、眼鏡を外してポケットからペンダントを取り出した。紫色の宝石がついたペンダントだ。
日和さんはその宝石を強く握ると、途端に手の中から紫色の発光が起こり、それが日和さんの身体を覆う。
目の前で発生した紫色の光は、赤い光を跳ね返す。
二色の光がまぶしくて、目がくらんだ。
鬼頭さんから赤い光が昇華された。
身体から蒸気のようなものを発っしている。
彼女の身体は、僕が今までに見た変身ともまた違う。
鎧を着た日和さん。猫の手足や耳もしっぽが生えた猫俣さん。装着と、部分的な変化。
しかし鬼頭さんの変身は、肉体が、身体が全体的に変化している。
服装は先ほどと変わらない。スポーツブラと、短いパンツ。しかし衣服がはち切れんばかりに、筋肉質な肉体へ変わっている。けれども、極端にムキムキになったわけではなく、筋肉質でがっちりとした、それでも女性らしさを残した、例えば格闘ゲームに出てくる武闘派ヒロインのような、現実離れした体型。
そして肌が赤い。真っ赤というよりは、薄くて暗めの、ワインレッドのような肌だ。
頭からは、二本の角が伸びている。禍々しくとげとげしい凶器のような角だ。
彼女の今の姿。それはまさしく鬼である。威圧的で、狂気のオーラを放つ、地獄の番人。
日和さんからもすぐに光が解け、騎士の鎧を装着し、片手に剣を持った状態で構えていた。
あのときと同じ、僕の
「やっぱり、おめーもラバーズなのか。ならちょうど良い、気兼ねなく殺せるな!!」
鬼頭さんは怒号をあげる。
また、常識を凌駕した戦いが、星也の目の前で始まろうとしている。
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