カオスラバーズ
今井ゆう
プロローグ
いい匂いがする。薔薇のような、白百合のような、フローラルの女性らしい匂い。優しくて、落ち着く香り。
でもその中に、なんだか不思議な匂いが混じっている。汗っぽく湿ったような、でも甘いような。とにかくとても、色っぽい雰囲気が漂っている。
肩を引き寄せられ、僕の唇に、彼女の唇が押し付けられる。それは柔らかくて、なんだか心地がよい。
そう感じた矢先、口の中に舌がねじ込められ、僕の舌に絡みついてくる。蠢き、歯や頬の裏側を舐め回す。
心地よいどころではない、初めてのその感覚は、くすぐったく、でも体中に快感を運ぶ。脳がチカチカして、思考回路が回らなくなる。
口の中に、お酒の風味が充満し続ける。彼女が先ほど飲んだのであろう、柑橘系の甘酸っぱい味だ。
不意に僕の身体がビクッと弾けた。それでも彼女は愛らしそうにして、細い指で頬を撫でながら、キスをやめない。
いやらしい水音が頭の中に響いた。
夜空の下、人のいない住宅街の公園。
雲が晴れ、三日月が照らす。
白いワンピースが汚れている。しかし、彼女はそれを気にしない。
街灯に照らされた彼女の、艶やかな長い黒髪は光っていた。
まつげが長い。肌に毛穴がない。すごくきれいな顔。
愛おしそうに僕を見つめる彼女は、僕が以前に感じていた清楚っぽい印象とは裏腹に、妖艶だ。
「木野君……好き……」
吐息が吹きかかる。体が更に熱くなる。
息が上がりそうになる。脳がとろけそうになる。高揚感に満たされる。
これ以上続けるとおかしくなってしまいそうで。
「やめ……」
やめてもらおうと肩を優しく押す。でも彼女は僕の顔を温かい両手で優しくはさみ、キスを続ける。
細い片膝を僕の股に差し込みながら、身体をぐいっと街灯のポールに押し付ける。
優しい力のはずなのに、なぜか抵抗ができない。僕の本能が、抵抗したがらない。
胸が押しつけられる。柔らかな、大きな胸を胴体で感じた。胸元から幸福感があふれる。
……そろそろ限界だ、窒息しそうだ。
まともに息ができないため、僕はキスをされながら、しゃがみこんでしまった。
彼女も僕がしゃがむとやっと口づけを中断し、腰を下ろして抱き着く。湿った地面の上に座りながら、抱きつかれる。
「好き。君のことが好き、愛してる」
彼女は、僕の顔をじっと見つめ、鼻がくっつくくらいに寄せた。愛おしそうな瞳の中には、僕が映っている。
「だから、これからは恋人同士だね」
彼女は、栗夢日和は、恍惚とした表情でそう言った。
とても綺麗だ。あまりに麗しすぎる。まるで彫刻の女神のように美しい。
僕は、彼女のことが好きだった。ずっと好きだった。
僕の心臓は、ずっとドキドキとしている。心臓の鼓動が収まるところを知らない。
……でもこれは高揚感、キスをされた興奮だけによるものではない。
それは、彼女へ対する緊張。でも好きな人に対するその緊張ではない。
僕は彼女に対して怖さも感じている。この鼓動は、怖いものに対する不安でもある。
今、目の前にいる、僕がずっと好きだった人、栗村日和は、人を殺そうとした。
”騎士に変身して、剣で人を刺し殺そうとした。”
超常的な現象を、現実離れした彼女の姿を、僕は見た。だから、とても愛おしかった彼女に、何者なのかわからない不安を感じている。
「……まだ身体が震えてる。そんなに怖かったの?」
栗村さんは僕の頭を優しく撫でる。そして耳元に口を持ってくると、囁くように「大丈夫」とつぶやいた。そして続ける。
「私が、君を守ってあげる。全てのラバーズから守ってあげる。だって私は……」
抱擁されながら、向き合う彼女は笑顔で、だけどどこか怖い恍惚とした表情で、満足そうに言った。
「私は、君の
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