ココロナキピエロ
葉歌秘色
序章 告白
「おい!お前がやったんだろ!!証拠は揃ってるんだ!!」
バンッと机を叩く音が、コンクリートの壁に響いた。
取調室の中は蒸し風呂のように暑く、背中にじっとり汗が滲んでいる。
どこからか、ジリジリと蝉の声が聞こえていたような気がした。
首筋を汗が伝う感覚。
それが今の“現実”だと自分に言い聞かせても、足元がふわふわしていて、頭はまだ靄がかかったままだ。
手のひらは乾いた血でバリバリに固まっていた。
でもそれが誰の血だったのか、今はもう思い出せない。
――ほんとうに、俺がやったのか?
何が起きた? なぜこうなった?
わからない。わからない。分からない。
俺がやったのか?俺は…俺は…。俺が、皆を殺したのか?
もういっそ、全部終わってくれたらいいのに。もう楽になりたい。
「…はい、俺がやりました…。」
声は掠れていた。何度も口の中で言葉を転がし、喉の奥から無理やり絞り出したような告白だった。
「録音よし!おい、確認しろ」
「はい。これで送検できますね」
「ま、楽になっただろ。正直に言ってよかったな。よしそれを上に回せ」
警察たちのやり取りはあまりにも事務的だった。
人ひとりの人生が傾いた瞬間にしては、静かすぎた。
ミンミン…と蝉が鳴いていた。
肌にまとわりつく湿気と、乾いた血の匂い。
腕にこびりついたそれは、洗っても落ちない気がしていた。
椅子に座ったまま、うつむく。
机の角が額に当たって痛いのに、顔を上げる気力もなかった。
――俺が、もっと早く気づいていたら。
――俺が、あいつの声を聞いていたら。
――俺が、あいつの代わりになれていたら。
ーー俺が…俺が…。
何度も繰り返した後悔が、もう何の意味もないことを知っていた。
終わったんだ。もう、何も戻らない。
「…もう二度とは戻らないんだ。」
ー全部、俺のせいなんだろ?
そう言われた気がした。
机の下で、拳が震えて涙が込み上げてきた。悔しさではない。怖さでもない。ただ、そこに自分が存在していることへの違和感だった。
あの日、俺は確かに見ていた。見ていたのに…だけど見て見ぬふりをした。
アイツの目は、人を見てなかった。
まるで、壊れかけの玩具を眺めてるように
ーー無関心で冷たい目だった。
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