カフェ京野の小説千夜一夜 ~これもまた創作論?~

京野 薫

僕の文章……気持ち悪い!?

 ここは日本の真ん中辺りのとある県の、大きな市。

 そこの街中にある古民家風のカフェ。

 看板には「創作カフェ 京野」と手書きで書かれた看板。


 店内は和風の内装と、コーヒーの心地よい香り。

 だけど、入った人の目をまず引くのは、そこかしこに色んなジャンルの国内外の小説を並べている大きな本棚。

 それがいくつも……


 そんな店内で、カウンター席にてノートパソコンとにらめっこしながら、僕はずっと眉間に皺を寄せている。

 創作カフェと言うだけあって、落ち着いた店内で何時間でも小説を書けるのは有り難い環境だけど、今日は全然進まない……


 そんな僕の様子を見かねたのか、カウンターでコーヒー豆をゴリゴリと挽いているマスターが声をかけてくれた。


「どうなされました、お客様。今日は何だか、困っておられるようですが……」


「あ、やっぱ丸わかりですよね。すいません、気を遣わせちゃって」


「もし、よろしければお話、聞かせて頂けます? ほんのちょっぴりでもお役に立てたら……嬉しいです」


 僕はちょっと迷ったけど話すことにした。

 この女性は、昔とあるコンテストで賞を取って一冊書籍を出したけど鳴かず飛ばず。

 その後、小説は趣味にして溜めたお金でもう一つの夢だったカフェを始めたとの事。

 一発屋であっても、小説書いてた人なんだろうから、あわよくば何か参考になるかも。

 無理でも聞いてもらえればスッキリするかな……


「えっとですね、今『ヨミカキ』って言う投稿サイトで書いてるんですけど、その新作にコメントが着いたんですよ」


「あ、おめでとうございます。読み手様からのお言葉って、元気出るし嬉しいですよね。思わぬ気づきも下さいますし」


「そう、まさにそれです! その『気づき』で困ってるんですよ」


「気づきで……はて? それはどのような」


「コメントでこう言われたんですよ。『冷えたたこ焼きさんの……あ、これ僕のペンネームですが……の書くセリフって、一人称で書き出してから、何か違和感あって』って」


「違和感? ですか……」


「そう。でもどこに感じるのか。具体的にどんな風なのか、には『僕も上手く言えないけど、なんか気持ち悪いんですよね。わざとらしいって言うか……』と。そんなボンヤリとした指摘じゃ……ね。その人、誹謗中傷する人じゃ無いから、好意で言ってくれてるとは思うけど……」


「ふむ、もしよろしければ、拝読させて頂いてもよろしいですか?」


 興味津々、と言う感じで身を乗り出したので、僕はマスターにノートパソコンの画面を見せた。

 自信作とはいえ、ちょっと恥ずかしいな……


 マスターはしばらく僕の作品を読むと、やがてうんうんと小さく頷いて言った。


「お相手様のおっしゃられること……多分、お伝えできるかもです」


「え? そうなんです!? あ……あまりキツい言い方は無しで……」


「善処します。えっとですね、お相手様の言いたかった事って、きっと『感情移入したときにドッと疲れてしまう』事かもです。読んでて『おっとっと』って、アチコチでつまづいちゃって。一人称でつい出ちゃうものなんですが」


「でも、一人称って初心者向けで書きやすいんですよね?」


「はい。ですが反面、制約も多く視点の切り替えで違和感を持たれやすくも有ります。例えばお客様の書かれたこの文章……」


 そう言ってマスターは読み上げた。


「『怒りで頭がクラクラしているのが分かる。目の前の男……アイツは僕を裏切った奴だ。そんな僕を見て、隣に立っている幼稚園の頃からの幼なじみの川瀬真弓は「ねえ! ボーッと突っ立ってないで動いてよ! 通行の邪魔でしょ!」と言った後、僕の背中を強くつねった。それは背中にあざが出来るほどだった。彼女はこの雰囲気にただならぬ物を感じていた』ですが……すいません、いくつか……気になって」


「え? なんですか? もうここまで来たら言って下さいよ」


「はい、まず一人称なのに『神の視点』が所々混ざってます。まず『それは背中にあざができるほどだった』ですが、自分で背中のあざを確認する事はできません。でもここでは書かれている。これは三人称ならありですが一人称では……ごめんなさい、です。他にも『彼女はこの雰囲気にただならぬ物を感じていた』も同じですよね? 彼女の心境は一人称では断定できない。書くならば『……ただならぬ物を感じているのだろうか? 表情が強ばっていた』かな? と」


「あ……」


「はい、あくまでも『自分の視点』ですので。次に幼なじみの人の紹介ですが、一人称は自分の内面描写が軸。で、あれば……主人公にとって自分を裏切った憎い相手が目の前に居て、憎悪に満ちている状況……そこで隣の女性の事をここまで詳細に説明するでしょうか?」


 言われてみれば……しまった。


「もちろん主要な人物の説明は必ず必要です。で、あれば理想は会話の中で小出しに紹介する事かも。川瀬さんとのやり取りの中で『幼稚園の頃からの幼なじみの川瀬真弓さん』を出すと、違和感持たれにくいかもです。それか『コイツは幼稚園の頃から〇〇だったし……』『毎週のように、お互いの家で遊んでたけど……』で、あれば」


「でも、この程度なら良くないです?」


「う~ん、何というか……読み手様にとって文体は、その世界に入るための言わば『レール』であり『装飾』です。特に一人称は読んでいる自分の隣、または目の前。いずれかで読んでる自分に向かってキャラクターが語りかけくれて、それをレールに入り込みますし、時に憑依します。そこに違和感があると、のめり込むのは困難かな……と。あと、これが一番……気になって……」


「まだあるんですか!? マスターって結構ドSですか!」


「へえ!? 私はどっちかと言えば……って、私のことはいいです! えっとですね……川瀬さんの台詞回しですけど、お客様って……この台詞書いた後、黙読か小声で読まれました? ……つまり、ご自分で実際にしゃべっているイメージを」


「いや、そんなのやってないですよ。演劇やってる訳じゃないじゃないっすよ。小説書いてるんで」


「ふむ、やはり……えっとですね。私だったら『ねえ! ボーッと突っ立ってないで動いてよ! 通行の邪魔でしょ!』とか言いません。って言うか……ホントにご免なさい! こう言った演劇的な大仰な言葉でしゃべりません。だって……お客様は、身近な人がこんな言い方してるの聞いたことあります?」


 そう言われて、言葉に詰まった。

 確かに……聞かないかも……聞くかも……やっぱ聞かないかも……


「恐らくほとんどの方が、この台詞に沿うならば『ね、何やってんの……動いてよ。なんで突っ立ってんの?』かな……と。だって、ただならぬ物を感じているくらい、不安なんですよね? そんな時、誰かを急かそうとするなら、不安から逃れようとするなら、きっと短い言葉を使いますよ」


「そんなもんです?」


「そんなもんです。だって不安で焦っているから。人の心理として、切迫した状況に比例して言葉は短く簡潔に、早口になります。思考が安全確保にほぼ持って行かれるのと、早く不安の原因を無くしたいので。とにかく『早く、早く』になる」


「あ〜、そう言えば外国のパニック映画とかそうかも。ずっと『ゴー! ゴー! ゴー!』ですもんね」


「えっと……それは極端かも……で、相手の人の異様さの訳も知りたいので、最後に『なぜ立ってるのか?』を確認するかな、と。ならば、このセリフに……。三点リーダによる間をどうするか、はそのキャラの性格によります。私は川瀬さんの不安を表現したくて『動いてよ』に向かって、溜めを作るためにあえて入れちゃいました」


「じゃあ、あのセリフは微妙って事ですか?」


「いえ、冗談めかして言うならば全然ありですよ。つまり『自分がその人物だったら、この状況でどう思うだろうか?』『〇〇と思ったなら、どんな風にしゃべる?』と言うのを意識して、さらに実際に黙読でも小声でもいいので、地の文も会話文もしゃべってみるのです。そこでちょっとでも引っかかりがあれば、それは不自然な文です。読み手様はその数倍は違和感を感じるでしょう。だって、作者にとって作品は『あばたもえくぼ』であっても、読み手様はそうではないから。読み手様にとって『違和感も味』とはなりません。違和感は違和感以外の何物でも無い」


「『自分がその人物だったらどう思うか?』は僕も自分なりに考えてはいますよ。でも、乗りに乗って書いてると、忘れちゃうんですよ」


「ふふっ、私もそうですよ。皆さんそうです。だって、小説が好きだから投稿サイトで書いてるので。で、あればご自分がそれぞれの人物に完全になりきれば良いのです。そのキャラクターのクセや好みや思想、口癖や好き嫌い。長所短所。家ではどんな生活パターンなのか。好きな音楽や本。生い立ちや将来への展望なんかもあればなおスムーズですよ。つまりそのキャラの事を知り尽くすのです! そうすれば、成りきれます。成りきればそのキャラクターの言葉が出てくる。だって、書いてる自分がそのキャラになってるんですから!」


「いやいやいや……そこまでは……ね」


 って言うか、京野さんめっちゃしゃべってるじゃん。

 目は爛々としてるし……こんなキャラだっけ?


 マスターはひとしきりしゃべると、ハッとした表情になり両手で口を押さえた。


「ああ……ごめんなさい。またしゃべりまくっちゃった……私、小説になると……これで彼氏にもフラれたのに……」


「あ……それは……残念ですね……でも有り難うございます。伺ったこと、意識してみますよ」


「そう言って頂けて良かった……『自分がこの作品を読む人だったら』も意識して下さいね。読んで頂く方にもトコトン楽しんで頂きたいじゃ無いですか。お互い楽しかったら倍々の倍、嬉しいですよ」


「あ~、それ……意識したいけど、そこまで余裕無くて……」


「はて? 余裕が無いとは……」


「それ、色々思う所があるんです。また聞いて下さい」


「はい、ぜひ私なんかで良ければ。……あ、コーヒー冷めちゃいましたね。私の語りまくりの時間にお付き合い頂いたお礼です。コーヒー、サービスさせて下さい」


「有り難うございます」


 僕は、マスターの煎れてくれたコーヒーに口を付けた。

 参考になったようななってないような……

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