移動の方法

 朝日昇って朝食も程々に宿を出たエルクリッド達は、次の目的地である地と水の境界の街キアズミへ向かう。


 そこに向かう手段であるリープのカードをエルクリッドは手にし掲げ、目を瞑り意識を集中し始める。

 ノヴァ達の注目が集まる中エルクリッドの指先に魔力が集まる、が、高らかに告げられるスペルの発動宣言はなく、代わりに聴こえてくるのはエルクリッドの唸り声だ。


「ん〜……んん〜〜……」


「あの、エルクさん?」


「ん〜……駄目だ、キアズミどんなとこか忘れちった」


 掲げた腕を下ろしながら苦笑いを見せるエルクリッドにノヴァ達も肩透かしを食らう。二ヶ月前にふらっと寄った程度では印象も弱くなり、カードを使って移動するだけの記憶もないのかもしれない。


 と、もしもの事を想定してたのか、くすっと微笑みつつタラゼドがエルクリッドへ助言をする。


「ではエルクリッドさん、セイドの街はどうでしょうか? わたくしの店ならば思い浮かべる事はしやすいかと」


「そうですね……やってみます!」


 快活に答えてから深呼吸し、エルクリッドは再び目を閉じカードを掲げた。


 セイドの街はキアズミと同じく境界近くの街であるが、位置的にはナーム国寄りである。だが思い出すのはできる、ノヴァと初めて出会った場所であるし前の日の夜に神獣を見た場所だから。


(行き交う人達、街の作り、掲示板があって……タラゼドさんのお店は古いけどいい感じで……)


 街の光景が思い浮かぶ。流れる風や人々の声が景色を彩り、そこに確かにいた自分の姿が浮かび上がってくる。

 静かにエルクリッドの足下から風が逆巻き、それと同時にカードが微かに光を帯び始めた。


「よし、いける……! みんなあたしの側に!」


 ノヴァらが囲むようにエルクリッドとの距離を詰め、風が一段と強くなると共にそのカードの名を高らかに叫んだ。


「スペル発動! リープッ!」


 閃光と共にエルクリッド達の姿が消え、光の残滓が静かに漂いやがて消える。

 そして閃光に包まれたエルクリッド達の視界から光が消え、瞬間、何処かに落ちる感覚で我に返り咄嗟に着地した。


「ここは……」


「わたくしの店の前ですね。無事移動できたようです」


 キョロキョロ辺りを見回すシェダにタラゼドが微笑みながら答えるもエルクリッドとノヴァの姿はなく、店の中の方から音がするのに気がついてそっと扉の鍵を開けて中へと進む。


「いたた……の、ノヴァ大丈夫ー?」


「え、エルクさんこそ……」


 机と椅子が倒れエルクリッドの上にノヴァが乗る形で二人が倒れ、どうやら着地のズレがあったようだ。

 すぐにノヴァが下りるとエルクリッドもスッと立ち上がり、倒してしまった椅子と机を元通りにしてからタラゼドの方へと振り返る。


「ご、ごめんなさいタラゼドさん」


「いえいえ、お二人もお怪我ないようで何よりです」


 リープのスペル範囲は広く遠い、それ故に思い通りの場所にいかない事もあるらしい。

 沈黙を貫いてるがリオもおり、ひとまず全員無事に移動できたようだ。


 使われたリープのカードは絵が灰色となりダウン状態となり、しばらく使用不可能なのを示す。どのくらいで再使用できるのかはわからないが、使えた事は間違いないと思ってエルクリッドはカード入れに収納し、さて、と話題を口にする。


「ここからノヴァの家までどーやっていく? 歩いていく、だと遠いからキアズミに向かう感じ?」


「そーするしかねぇな。ま、すぐだろ」


 セイドからキアズミまでは徒歩で三日か四日ほどの距離の為、向かうのはそう難しくはない。エルクリッドとシェダの会話を聞くノヴァもそれに同意しかけた時に、小さくため息をついたリオが控えめに手を挙げ口を開く。


「流石に歩くというのは体力的にも気力的にも不測の事態で余裕がなくなるかと」


「確かに……ですがキアズミに向かう乗り合い馬車等は多くないですよ」


 旅の道中は何が起きるかはわからない。魔物との遭遇や野盗の襲撃など危険も多く、それらを必ず回避していけるとは限らない。

 リオに答えるタラゼドが口にした乗り合い馬車は移動時間の短縮として有効な手段だが、全ての街を繋ぐわけでもなく繋いでても本数がない事もある。


 それを聞いてリオは腕を組んで片手を顎にあて何かを思案し、それからタラゼドらに目を配って驚くべきコトを口にした。


「ならば馬車を一台手配しましょう。私の知り合いがこの街にいますので、話をつけてきます」


「そんな知り合いがいるのですか? なら僕からも……」


「助けてもらったお礼もありますのでお気遣いなく。街の東門で合流しましょう、では行ってきます」


 ペコリと頭を下げたリオが綺麗な足取りで人混みの中へと消えていき、エルクリッド達は止める間もなく彼女を見送るしかなかった。


 助かると言えば助かる話ではあるものの、一同頭に浮かぶのは共通の疑問である。


「リオさん……ほんと何者なんだろ……」


 何処かに所属しているリスナーというのは話してくれたが、具体的なものはわからない。エルクリッドが口にするものは皆が思いつつも気遣い聞けないもの。


 その場の全員で顔を合わせ考えてみたが、今はそれどころではないと再認識しひとまず街の東側へと向かった。

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