微かな戸惑いーLostー

次の目的地

 満身創痍ながらもエルクリッドの心は満ちていた。試練を一つ乗り越えて強くなれた気がするから、少しずつ目指すものに、越えるべき存在に近づけた気がする。


(いつか、届くはず……届かなきゃ、駄目……)


 足を止めて吹き抜ける風を受けながら雲一つない空を見上げ、エルクリッドがふり返るは宿敵との戦い。


 熒惑けいこくのリスナーことバエル・プレディカ、最強のリスナーとしてその名を轟かせ、全てを奪った憎むべき存在にして越えねばならぬ男だ。

 何が目的で自分から全てを奪ったのかはわからない。そして戦いに際しては堂々たる態度を見せ、力と技と知識とを駆使し圧倒する戦いぶりは仇敵ながら認めざるを得ない。


(必ず倒してみせる……)


 今はまだ同じ場に辿り着けてはいない。十二星召ニアリットの試練を達成したとはいえ、いつまでも浮かれてはいられない。

 

 だが同時に、今はもう一人ではないとエルクリッドはわかっていた。


「エルクさーん!」


 自身を呼ぶ声にエルクリッドは即応し目を向け、大きく手を振って笑顔を見せるノヴァの姿を捉えた。

 傍らには微笑むタラゼドと、試練を先に終えて戻っていたジェダ、そして静かに佇むリオがいる。


(あたしはもう一人じゃない、アセスの皆も仲間もいる……大切な、仲間……)


 パンッと両頬を軽く叩いてエルクリッドは考え全てを頭の隅に追いやると、ニコッと笑顔を見せながら大きく手を振ってノヴァに応え走り出す。



ーー


「はぁ〜〜〜これが特別なカードなんですねぇ〜! 綺麗です!」


 宿の一室にて目を輝かせながらノヴァがエルクリッドが獲得したリープのカードを眺め、すっかり魅了されてしまっていた。

 商人の家系故にそうさせるのか彼女自身の気質なのか、椅子に座ってタラゼドがかざす手から放たれる淡い光を受けるエルクリッドも少し呆れ顔だ。


「すっかり夢中になっちゃって……貴重なんだから丁寧に扱ってよね」


「わかってます! 僕だってリスナーですから!」


 少しムキになるノヴァの姿は微笑ましく、エルクリッド達も思わず笑みがこぼれてしまうもの。

 同時にタラゼドが手を下ろしてもういいですよとエルクリッドに伝え、少し勢いをつけ立ち上がるエルクリッドがひょいとノヴァからカードを取り上げるように回収する。


「はい見るのは終わり。てかあたしといればいつでも見れるじゃん」


 カード入れへリープのカードを収納しながらそう伝えると、あぁとノヴァは手をポンと叩き納得した様子を見せた。

 それには流石に苦笑いが出てしまうが、今はそれよりも決める事があると思ってエルクリッドは話を切り出す。


「さて、と、次はどうしようか? カードを探す? また別の試練を受けに行く?」


 ニアリットの試練を受ける前に遭遇した熒惑けいこくのリスナー・バエルの力に全く歯が立たず、自分達の目的を果たす為に強くなる必要性を

思い知らされた。

 またノヴァの目的である伝説のカードを手に入れる事も踏まえると、同じく求める者達との争奪戦は避けられない。ノヴァからの依頼を受けているエルクリッドやシェダとしても、実力の向上は必須であると。


 もちろんカードの方を先に探して首尾よく獲得する、というのもできるかもしれない。直接対決をせずとも交渉なりで乗り切れる事もある。


 一同それぞれが深く考え沈黙が続き、ようやく声を出したのはノヴァのお目付け役でもあるタラゼドだ。


「提案があります。商人トーランスの、ノヴァの実家に行きませんか?」


 思いもよらぬ提案にエルクリッド達は少し驚くものの、タラゼドはその理由も合わせて話し始める。


「ノヴァの目的は伝説のカードを、かつて先祖が守ってきたカードを得る事です。そのカードについての伝承が残っていますし、他のカードについてもノヴァのご両親はご存知でしょうからね」


「つまり、俺達の目指すカードってのを改めて知っておくってことですか? でも確かノヴァの家って……」


「水の国アンディーナ領内にあります。またアンディーナの十二星召は三人おりますが、所在地がハッキリしている方々なので赴きやすいですよ」


 シェダに答えつつタラゼドが話す内容は目的としては悪くないものだ。

 エタリラの東部一帯を治める水の国アンディーナまでは、現在地からかなり距離がある。だがリープのカードであればその問題は解決可能である。


 もちろんそれはカードを使えるエルクリッドが行った場所や記憶にある場所に限られる。直接赴けずとも近隣まで移動できるだろう。

 タラゼドの提案を受けてエルクリッドはいいよと快活に答え、チラリと目を配ってシェダとリオが頷き同意したのを確認する。


「ノヴァ、あたしらはいいけどあなたの意見はどうかな?」


 旅の目的地、行き先、その最終的な判断を決めるのはノヴァの役目だ。視線が集まる中ではにかみつつ照れそうなのを抑え、彼女は次の目的地と道筋を示す。


「タラゼドさんの言う通り、一度僕の家に行きましょう。エルクさん達の事も紹介したいですし、お父様達の方で何か手がかりを掴んでるかもですし」


 明朗ながらも冷静な判断力が感じ取れる言葉遣いにエルクリッド達は頷き、次なる目的地に心を向ける。


 水の国アンディーナ、エタリラ東部一帯を治める大河と海と共に生きる国であり、現在いる地の国ナームと合わせて人口も多い国だ。

 早速向かうと言いたい所ではあったが、その前に、とタラゼドがエルクリッドにある事を問いかける。


「エルクリッドさんはアンディーナには?」


「えーっと……境界の近くには行ったことあります。確かキアズミってとこですね」


 わかりました、とエルクリッドの答えを聞いてタラゼドは顎に手を当てて思案し始め、少しの間を置いてから小さく頷き改めてエルクリッドの方に向く。


「ノヴァの実家のあるレスイハから少し離れていますが、そこに向かいましょう」


「でもあたしも二ヶ月前とかにふらっと寄っただけですから……自信ないですよ?」


「その点はわたくしに考えがあります。ですが、今日は試練を終えたばかりですので明日の朝向かいましょう」


 傷はタラゼドが治したとはいえ疲労自体はエルクリッドとシェダも抜け切ってはいない。もちろん、戦ってくれたアセス達もそれは同じこと。


 逸る気持ちにそっとフタをし、今は次なる目的地への備えをする事になった。

 

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