第6話「最初のひとり」
翌週の朝、神崎から社内チャットが飛んできた。
「今日は別案件で動くから、こっちは澤村くんに任せた!」
添付されていたのは、都内にある中小メーカーの担当情報。
これが、澤村にとって“初めてのひとり営業”だった。
(まあ、やるだけだ。俺はこれまでにも営業してきた)
そう言い聞かせながら、ネクタイを締め直す。
けれど、アクトリンクでの日々は、少しずつ自分の中の“営業”という言葉の定義を変えつつあった。
相手先は、小さな住宅設備メーカー。古いビルの一室で、資料室とデスクがぎゅうぎゅうに詰まっている。
応対に出たのは、40代の女性だった。
「先日お話があった広告バナーの件で、ご説明に参りました」
そう言って差し出した資料は、いつも通りの定型資料。内容は整っているが、どこか味気ない。
一通り説明したあと、女性は少しだけ困ったような顔をした。
「正直、うちはデジタル広告に詳しくなくて……。何が“いい”のかも分からないのよね」
その一言に、澤村は軽く戸惑った。
これまでなら「効果的な数字」を並べて押し切る場面だ。だが、ふと脳裏に浮かんだのは、神崎が手描きのスケッチを見せていた姿だった。
(数字じゃない、“伝える形”か……)
言葉を選びながら、澤村は再び口を開いた。
「もしよければ、少し御社の商品のことを詳しく教えていただけませんか?
“らしさ”が分かれば、それに合った提案をお持ちできると思います」
女性の表情がふと和らいだ。
「そう言ってくれると、話しやすいわね。ちょっと時間ある? 商品、見ていく?」
少しずつ、空気が変わっていく。
初めての一人営業。けれど、そこには「数字」だけではない、ほんの小さな信頼が芽吹きはじめていた。
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