『アクトリンクへようこそ』
@mittani
第1話「変な会社」
朝の街に、足音がひとつ。
ビルの谷間に差し込む光のなか、澤村浩一は一歩ずつ、慎重に歩を進めていた。
片手には黒い革のブリーフケース。スーツのジャケットの内側には、緊張と期待が入り混じった体温がこもっている。
「アクトリンク株式会社」——都内の雑居ビルの三階にある、小さなIT企業。
今日からここで働く。中途採用、三度目の転職。三十五歳。もう後がない。
彼の胸にはひとつの明確な意志があった。
「成り上がってやる。何があっても、絶対に」
これまでの人生、順風満帆とは言い難かった。
大学は地元の三流私大。最初に入った商社では、営業数字に追われるだけの日々。次に移ったスタートアップでは、志だけが空回りして一年で退職。
そして前職——あの場所での出来事は、今でも夢に見るほどの苦い記憶として残っている。
(あんな思いは二度としない。裏切られないためには、自分が誰よりも上に立つしかない)
古びたエレベーターのボタンを押す指先に、自然と力がこもった。
中に乗ると、反射する鏡に自分の顔が映る。少し険しくなった眉間。あの頃よりも疲れて見える目元。だがそれも、覚悟の証だと澤村は思った。
三階で扉が開く。目の前に現れたオフィスは、思っていたよりもずっと——明るかった。
白い壁。観葉植物。カフェのような木製のテーブルに、フリーアドレスのデスク。
ふわりと漂うコーヒーの香りに、一瞬だけ足が止まる。
「澤村さんですか? 今日からですよね。おはようございます」
声のする方を振り向くと、小柄な男性がにこやかに立っていた。眼鏡の奥の目が、まるで春の陽射しのように柔らかい。
「僕、総務の小泉です。さっそくご案内しますね」
想像していた“職場”とは、あまりに違うその空気に、澤村は戸惑いを隠せなかった。
けれどこの時の彼は、まだ知らない。この場所で起こる出来事が、どれほど自分の生き方を揺るがすことになるのかを——
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