第9話  修平と玲香がスナック茜に行く

まだ、「Closed」の看板が下げてあるスナック茜に、修平たちが入るとフロアでかたづけをしているあかねがいた。

 修平たちはカウンター中央に腰かけた。玲香があかねと目が合うと、立ち上がってお辞儀をする。

「あ” 座って、座って!いつもありがとう!まだ、ちゃんと挨拶もしてなかったわね、私はあかね!宜しくね」と言って名刺を玲香に差し出した。

 玲香はあかねの丁寧な挨拶に少したじろいで、

「こちらこそ、上野玲香です。よろしくお願いします。私なんかにお客さんをお世話していただいて、一言、お礼が言いたくて今日は来ました」


「こちらこそ、会社を休んで来てくれたんだって!」

あかねがあきれた顔をして話す。

「はい、どうしてもママに一言、お礼を言いたかったので・・・・・ありがとうございます」

玲香は軽く両手を合わせて言った。


あかねが修平におしぼりを渡しながら、

「今日はありがとう、助かったわ、全く、吉田さんも困った人だわ。昨夜、会社のスマホを忘れて行ったので、それがないと仕事ができないからって、私にそのスマホを持って来いって言うのよ!どう思う!」


「でも、吉田さん、『ママにとんでもない事をお願いした』って凄くあやまっていたぞ!」

修平が言った。

「ほんとう――だって、私に言われても、桑名が何処にあるのかもわからないのに、行けるわけないでしょう。修平さんに連絡が取れなかったら、どうしようかと思ったわ」

 あかねの顔が話をしているうちに目が吊り上がってくる。

「大丈夫だよ、私はママの縁の下の掃除番だから・・・・・困った時はしっかり、後ろ盾になるから・・・・・」と言って、

修平は預かってきた真空パックのハマグリをあかねに手渡した。


あかねは棚からキープしてある〔角〕を持ってくると

「修平さんはハイボール? 水割り?」


「そうだね!上野さんはハイボールでいいかな」


「はい、ハイボール!好きです」


 あかねが角ハイを作りながら、玲香に話す。

「最近、少し、忙しくなって来たかしら、お客さんって帰る時間がだいたい一緒でしょう、だから2台じゃ足らなくて修平さんに頼んだら、貴方を世話してくれたの、なんでも春樹といい仲なんだって!」


玲香は修平の顔をまじまじと見て、

「えぇ~ 春樹さんて・・・・・泉さんの事ですか? いい仲だなんて・・・・・私が一方的に思っているだけで全然、泉さんに相手にされていません。あ”!そういえば、先日、泉さんから電話を貰いました」


「そうか、春樹が何だって?」修平が体を乗り出して聞く


「夜勤は慣れたかって!」玲香がボソッと言う


「夜は慣れたかって!・・・・・それだけ!」修平はあっけにとられた。

玲香が注ぎ足す。

「仕事の話だと思うけど・・・・・そしたら直ぐに、お客が手を挙げたからって切られました。そのあと、電話もかかって来ないので・・・・・」

玲香も何だったんだろうって顔をしている。


「何だったんだろうな!でも、春樹と話していると、よく君の名前が出て来る。~だから、てっきり付き合っているのかと思っていたけど・・・・・」


 するとあかねが

「春樹は基本、根がまじめだからね、それにすごく奥手でしょう、照れ屋だし、簡単にはいかないかも。きっと、自分で操作ができないのよ、そうよね、そうなのよ、だから・・・・・」あかねの言葉が止まった。


「だから、なんだよ」修平が問う、


あかねは話を逸らして、

「修平さん、このハマグリ、どうやって食べるのよ」


「酒蒸しでいいんじゃないかな、作ろうか?」


「じゃ、お願い!」修平はカウンターの奥に入っていった。


「上野さんは、修平さんに行こうって誘われたの?」

 すると、奥から大きな声で修平が口を出す。


「ちがうよ、本当は上野さんが、あ`れいちゃんでいいかな」

 修平が玲香に呼び名の変更を求めた。玲香が笑って答える。


「れいちゃんでも玲香でも、好きなように呼んでください」

 玲香が奥まで聞こえるように大きな声で答えた。


「じゃ、これから、れいちゃんって呼ばせてもらうよ!私の事は修平さんでいいからね、その方がつながりを持てるしね、春樹の事も春樹さんって試しに呼んでみたら・いいかも!」


 玲香があかねの問いに答える。

「で、さっきの話ですけど、昼に稲留さんから電話をいただいて・・・・・」

 玲香がカメラの事を話そうとした時、

「あ、れいちゃん、その話はいいからさ~いや、参ったな~」

 奥から修平が話を割って入る。どうやら、気になって仕方がないようだ。

 そして焼いたハマグリを器に盛ってカウンターに置いた。


「なに、どうしたの・・・・・れいちゃん、修平さんが何をしたの、教えて・・・・・教えなさいよ!」


 だんだん、あかねの目が真剣になってきてる。

 玲香は修平に目であやまると説明を始めた。

「昼に稲留さん、‘あ‘ 修平さんから電話があって、千代田橋の下にカメラと三脚を忘れたから直ぐに取って来てくれって頼まれたの――ママから電話を受けた時、鳥を撮影している事も忘れたみたいで・・・・・」

玲香が思い出したのか「クスッ」と笑った。話を続ける。

「で“、修平さんが、今、桑名に向かっているので取りに行けないからって60万円のカメラがサギに取られたら大変だから・・・・・取って来てくれって、頼むって、だから、私、急いで千代田橋まで探しに行ったら、ちゃんと三脚の上にカメラもあったから持って帰って来たの、す~ごく大きいカメラ、重かった~60万円のカメラって報道の人たちが持っているようなカメラだったよ」

「何、サギって!」あかねが問う。

「本当に助かったよ、れいちゃん ありがとう。サギって、鳥だよ、アオサギを撮影していた時にママから電話を貰ったんだよ」


「どう、ハマグリ?」三人は大きなハマグリをくわえて身を食べた。

 ハマグリの上に細かく刻んだネギがふってある。

「美味しい」「ネギがいいね」「いけるわ」

 ハマグリをしゃぶりつきながら、てんでに感想を述べている。

 あかねが切り出した。

「つまり、修平さんは、アオサギって鳥を川で撮影している時に、私が桑名へ行って・・・・・って頼んだもので、カメラの事も忘れて、桑名までスマホを届けに行ったって事ね、吉田さんも吉田さんなら、修平さんも修平さんだわ」

あかねが大笑いして言った。

「 バカじゃない、もう、やあねー」

あきれているあかねがいる。


「れいちゃん、悪かったわね、もう少しで、修平さんから60万円を請求されるところだったわ、あぶない、あぶない」

 修平が話を繋いで、

「スマホを届けてから、れいちゃんのマンションへカメラを取りに行ったら、れいちゃんが『スナック茜へ行くのなら私も行きたい』って言うから、仕事はどうするんだ?って、聞いてる最中に、もう、会社に電話して嘘咳をしながら、『ちょっと、体調が悪いので休みます』だって!私も開いた口がふさがらなかったよ、れいちゃんは本当にやる事がすごいよ」


「そう、行動力があるのね、私に似てるかも、ねぇ」

 そんな話をしていると、智美と香奈子が出勤して来た。


「あら、修平さん、いらっしゃい、早いですね」智美が言う。


「ママと同伴ですか?上野さん、お店初めてですよね」

 香奈子が言った。 


「いつも、お世話になっています。今日はそのお礼もかねて、修平さんに連れて来てもらいました」

 玲香が丁寧にお礼を言った。


「お礼だって、ママが一番助かっていると思いますよ、ねぇ、ママ」


「だって、ほら、先週の金曜日、新規で来られたお客さん、なんて言ったけ」

 香奈子が問うと

「浜口さんたち」

 智美が答えた。

「そう、あのお客さんたち ここに来たら、タクシーが捕まるからって来たらしいよ」


「茜専属タクシーも有名になって来たね」と云っていると、お客さんが入って来た。


「中沢さん・吉村さん、いらっしゃい」あかねが出迎える。

 カウンター席の奥へ誘導すると、とりあえず突き合わせといいちこを棚からだした。


「加奈ちゃん、炭酸くれるかな、昨日から立て続けだって言うのに、吉村がちょっとだけって言うから来たけど、軽く飲んで帰るから・・・・・」


 修平が中沢さんに軽く頭を下げると、吉村さんが指さして言った。

「あれ、この間、時間が無いって言ったら名駅まで、すっ飛ばしてくれた運転手さんだよね」


「あのせつは、どうも!間に合いましたか」


「やっぱりそうだ、なかさん、タクシーの運転手さんだよ」


「はいはい、おかげさまで助かりました、今日もじゃ、お願いしようかな」


「今日はこの人たちはお客さん、お休みで、お礼がてら来てくれたの」

 あかねが言う

「じゃ、わしらもお礼しなきゃ」


「違いますよ、お礼する側は私たちですので、また、タクシー使ってくださいね」


「いやいや、また、乗せてくださいね、だろ」みんな、大きな声で笑った。


 また、お客さんが3人、入って来た、あかねのスマホに電話が鳴る。

どうやら、席の確認の電話だ。忙しくなってきたので、修平と玲香は帰る事にした。  

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