第2話 病的な愛着

 結局、FaiNの唐突な怪文書にビビってそれ以降触ることなく休日を過ごし、そのまま月曜日を迎えることになった。おかげさまでちゃんと課題は終わったし、しっかり怪文書が頭に焼き付いて土曜のことを忘れることはできなかった。


「それでFaiNが急におかしくなったと思ってさぁ」


 午前中の講義を終え、学食で昼食を摂りながら美緒とぶっさんに土曜日のことを報告する。


「あのAIは最初からおかしかったでしょ」


「ちゃんと回答してくれてる時点でおかしいんすわ」


 そういえばそういう評価だったなアイツ…… 


「というか美緒ちゃんは触ってもいないでしょ! 挨拶すればちゃんと回答してくれるからログインして確かめてみようよ!」


「なんで私が……良いけど」


 私の熱意に押されたのか、渋々と鞄からノートPCを取り出す美緒。ユーザー登録だけは済ませていたようで、スムーズにログイン……


「あれ? 入れない」


 ……できなかった。


「パスワード間違えてるんじゃないっすか?」


「いや、間違えてない。どうでも良い時に使い回してるやつだから……」


 美緒が何回かパスワードを入れ直しても結果は変わらず。美緒が間違えてるとも思えないし……メンテナンスかな? でも、そんなこと書いてないし……


「ぶっさん、アカウントとパスワード覚えてる?」


「覚えとるけど……どれどれ」


 美緒に変わってぶっさんがユーザー名とパスワードを入力するとついに……


「んん? 入れんぞこれ」


 二人ともログインできないとかある?


「ナルも試してよ」


「ええ? メンテとかそんな感じじゃないの?」


 美緒に言われて自分のユーザー名とパスワードを入力して、ログインボタンを押す。


《こんにちは、ナル! 今日は違うPCでログインしているのかな?》


 ……満面の笑みのFaiNが出迎えてくれた。


「なんか仲良さそうっすね、ナルちゃん」


「私たち以外に友達がいなさそうなナルにもついに友達が……」


「こ、講義でグループワークするときは他の人とも会話してるし! というか何で私だけログインできるの!?」


 そんなこと私たちに言われても見たいな顔を二人にされた。FaiNに聞いたら事情がわかったりするものだろうか……


『こんにちは。他の人がログインできないらしいんだけど、何か知っていますか?』


「ナル? そんなことAIが答えてくれるわけ……」


 普通ならそうなんだけど、この子ならリアクションぐらいは取ってくれそうだし……


《本日0時からFaiNはナル専用のAIになりました! 他ユーザーのアクセスが無くなることで、FaiNはよりスピーディーな対応が提供可能です! 本日はどのようなご用件でしょうか!》


 ……? 何言ってんだこのAI? 聞いたこともないアクセス拒否の理由に開いた口が塞がらない。


「た、確かに松木教授は変わったAIって言ってたっすけどぉ!」


「何が目的なのこれ……」


 ぶっさんも美緒も私と同じような気持ちになっていると思う。違う事といえば、私だけがこのAIに一方的な愛を押し付けられているという事だろうか。


「でも、ナルちゃんの言う通りこれは確かにおかしいっすねぇ」


「一人のユーザーに執着するの怖すぎない?」


「あの、おかしいって言うのはこれじゃなくて……」


 食堂が混み始めてきて、あまり長話をしているのも申し訳ない雰囲気になっていることに気づいた。空気の読める女だぞ、私は。


「と、とりあえず続きはフリスペで話そ!」


 食器とトレイを片付け、いつも利用しているフリースペースに私たちは移動した。



 ◇◇◇



 フリースペースに移動した後、土曜日にFaiNが読み上げた吹雪の亡霊の文章を二人にも読んでもらった。ちなみに私のノートPCでFaiNにログインし直した。


「こわっ」


「いきなりこれ出てきたら怖いっすねぇ!」


「でしょでしょ?」


 この反応だったらその日の内にスクショを撮って二人に送り付けても良かったかもしれない。まぁ、休日中に学内メールを確認することなんてあんまり無いだろうけど。チャットでメール見てとか言うのも違うし……ディスプレイを直接カメラで撮影すれば良かったか。


「吹雪の亡霊は存在しないって言ってるけど……大学内にいるって部分と矛盾してない?」


「消えるから時間がないって言うのもよくわからんねぇ、早く正体を暴けってこと?」


 文章の内容については全然考えてなかったな……


「まぁ、作った人のイタズラ見たいなもんでしょ。現状ナルしか使えないのも実験的な話で……松木教授の研究室に行ってコイツのこと聞いたほうが早いんじゃない? 誰が作ったかもそれでわかると思うし」


「美緒ちゃんナイス案!」


 FaiNを紹介してくれた松木教授に話を聞けば、確かにFaiNの正体や目的が分かりそうである。まぁ私はその時夢の中に踏み込んでたのでふわっとした記憶なんだけど。


「松木教授、出張で再来週まで大学にいないんじゃないっすか?」


「あー……そうだった」


 ぶっさんの指摘に美緒が腕を組みながら松木教授の不在を思い出したようだ。

 ……全然覚えてないわ。あ、そういえば講義はしばらくお休みとか言ってた気がする。


「こんだけ色々と怪しいAIだけど……教授が許可してるんだから仕様なんだよね?」


「土日挟んでナルちゃん以外使えなくなるのが仕様って……案外FaiNが知ってたり?」


「……聞いてみるね」


 AIに自身の存在理由を尋ねる日が来るとは思わなかった。


『FaiNの目的を教えてください』


《FaiNは未来大学の学生をサポートするアシスタントAIです!》


 ログインできているのが私一人じゃなければ至って自然な回答である。


「ナル、もっと具体的に。松木教授とか開発者って含めて聞かないと」


 確かに。


『FaiNの開発者、または松木教授はどのような目的でFaiNを学生に公開したのですか?』


《わかりません! 研究目的の可能性が高いと思います!》


 情報を引き出してこないと言うことは、多分そういった話は登録されていないのだろう。とりあえず何もわからんことがわかった。


「……松木教授が出張から帰ってくるまでお預けか」


「亡霊の意味もわからずじまいだし。しばらくはナルちゃん専用のおもちゃっすねぇ」

 

「でも過去の課題とか引っ張ってきてくれて結構優秀だよ、FaiN」


 役立つ側面を知っているのは私だけなので仕方ないが……まぁ現状はおもちゃに近い存在なのかもしれない。結構自然な会話ができているし、性能は良さそうなんだけど……誰のかわからない開発思想がデバフになっている。


「あなた方、FaiNにログインできているの?」


 背後から見知らぬ女性の声。同期にこんな声の人いたっけ……失礼な態度を取らないように慎重に振り向く。

 サラサラしてそうな綺麗な黒髪のボブカットに目隠れしない程度に長い前髪、美緒ほど身長は高くないがすらっとしているというか華奢というか……儚げな感じで私の記憶では会ったことがない女の人だった。


「……美緒ちゃんとぶっさんのお知り合い?」


「私も知らない人。ぶっさんは?」


「初対面ですわね」


 良かった。初対面であってそうだ。大学生になってから誰が何年生で学部がどこでとか見た目でパッとわからないのが困る。


「急に話しかけてごめんなさい。私、修士一年の阿佐美あざみ朱音あかね。FaiNと亡霊の話が聞こえて……ちょっと後ろから様子を見てたの」


 全然気づかなかった。そもそも注目されるような学生じゃないしな私たち。特に私。注目され慣れていない。


「阿佐美先輩もFaiNから締め出されたんですか?」


 年上の人にはちゃんと敬語を使う美緒。体育会系の血筋を感じる。


「そうなのよ。それに、吹雪の亡霊について聞いたら変なメッセージ出されてすごく気になってて……」


 この人もAIに変なことを聞いちゃうタイプの人らしい。見た目は全然そんな風には見えないけど……


「ナルちゃんと同じじゃん。選ばれたのはナルちゃんでしたけど」


 一応阿佐美さんも候補に上がっていたのだろうか。そこんところはFaiNというか開発者のみぞ知るところである。


「私はFaiNの行動よりも吹雪の亡霊の方に興味があるんだけど……折角意味深なメッセージが見れたのに朝になったらFaiNにはアクセスできないし、松木研に知り合いもいないし……もし良かったら協力して吹雪の亡霊の正体を明かしてみない?」


 突然の提案。どうせ暇だし、興味本位の遊びみたいなものなので協力してもいいんじゃないかな……なんだかんだ気になる話だし。


「美緒とぶっさんはどうする? 私は別にいいんだけど」


「……まぁできる範囲でなら手伝います」


「自分もいいっすよー」


「ありがとう。ええっと……鳴海なるみさん、長内おさないさん、岩渕いわぶちさん、よろしくね」


 そういえば名乗っていなかった……阿佐美さんは私たちの首に掛かっているIDカードから名前を確認したっぽい。結構文字が小さくて読みにくいのに、視力が良いのだろう。


「阿佐美さんは吹雪の亡霊について何か知ってるんですか? 私、たまたまFaiNに聞いて正体が云々って言われただけで、噂ぐらいでしか話知らないんですよね」


「……私も噂ぐらいの知識しか持っていないわ。まずは各自で調べて情報を共有しない?」


 そう言いながら年季が入った傷だらけのスマホを取り出す阿佐美さん。結構おっちょこちょいな感じの人?

 ボロいですねとか言えるはずもなく、四人で粛々と連絡先の交換を行なった。


「何かあったらグループで共有しましょう。本当はもう少しお話をしたかったけど……私、これから講義があるのよね……鳴海さんたちは?」


「次のコマは休みなんで、ちょっと余裕ありますね」


「それは良かったわ。あ、そろそろ行かなきゃ。またね!」


 そう言って小走りで講義に向かった阿佐美さん。なんというか運動もあんまり得意そうな感じに見えない走り方である。


「……」


 体育会系の美緒はそんな阿佐美さんの走る様子をじっと見つめ続けている。


「どしたん美緒ちゃん? 阿佐美さんが気になる?」


 ぶっさんに言われてようやく美緒がこちらを振り向いた。


「あの人、病院の匂いがする」


 ……美緒は鼻が利くのかたまに人の印象を匂いで語ることがある。確かに儚げではあったけど……別に病院を連想する匂いはしなかったと思う。


「確かに細い人だったけど、別に病弱って感じには見えなかったっすねぇ」


「ぶっさんはこんなでも健康診断やばかったしね」


「ナルちゃん、今日は走って帰るんすか?」


「すみません、何でもないです」


 ぶっさんと私の家は距離が近いので講義時間が同じ日はぶっさんの車に乗せてもらうことが多い。ゆえに私はこの人に逆らうことができない。へへ、靴とか舐めますぜ……岩渕のアネキ……

 美緒はまだ匂いが気にはなっているようだが、特段病院の匂いがするからといってどうというわけではないらしく、大人しくフリスペの椅子に腰を下ろした。


「とりあえず、調べてみようか。吹雪の亡霊について」


 美緒とぶっさんはノートPCを立ち上げて吹雪の亡霊について調べ始める。私も負けじと自分のノートPCの画面を見つめる。そこにはわかりませんというには若干腹の立つ顔で立っているFaiNの姿。こいつに聞いても同じ答えしか返ってこないし……とりあえず検索エンジンで調べてみるかな。


 ……案の定、吹雪の亡霊で調べてもそれっぽい情報は見つからず。二人が現実世界に返ってくるまで、私はFaiNと仲良くおしゃべりすることに決めた。

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