【改稿版制作中】祝福の魔導公 ―転生した天才は魔法で世界を導く―

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プロローグ

紅蓮を従えし者

帝国暦1143年、凍てつく冬の終わり。

北東辺境に現れしは、かつて「天災」と呼ばれし魔獣――《燼哭のヴォルグ=デザイア》。

それは、ただの魔物ではなかった。

それは、意思を持ち、復讐を叫び、帝国を滅ぼすと誓った“災厄そのもの”だった。


__________


吹雪に沈む帝国の北限地――〈エルトレア境界域〉。

かつてこの地には鉱山があった。だが今は違う。

すべては、あの咆哮で終わった。


「――退け!魔導障壁が破られた!」


帝国魔導師団の長の叫びと同時に、紫の結界が砕け散る。

音すらも呑み込む凄まじい重圧が、大地を軋ませた。


「前衛騎士、後退せよ! 全軍、再編――!」


だがその指揮は叶わない。

咆哮と共に、雪原を蹂躙する“それ”の熱が迫る。

赤き灼熱、黒き瘴気、そして……死。


《燼哭のヴォルグ=デザイア》。

数世紀前、東の古代王国を滅ぼした伝説の魔獣。

四肢は鋼鉄をも砕く黒き鉤爪。

尾は魔素を暴走させる瘴気の鞭。

その双眸は――地を焼き尽くす紅蓮。


「……無理だ。退くぞ、全員……!」


騎士団長の顔が蒼白に染まり、撤退命令が下る。

それはつまり、“敗北”の宣言だった。


__________


だが。


帝都より舞い降りし、一人の影があった。


「……ようやく姿を見せたか、災厄の残滓。」


その声は、雪を焦がすように静かだった。

白銀の長髪が風に舞い、淡い紅玉の瞳が魔獣を射抜く。

背に纏うのは、帝国でも最も神聖とされる紋章――〈エルンスト公爵家〉の徽章。


その名を呼ぶ声が、戦場に広がる。


「アルヴィス様だ……!」


「公爵家の……いや、“紅蓮の魔導公子”……!」


__________


「騎士団は後退せよ。ここより先は、私の領域だ。」


彼の一言で、兵たちは凍りついたように静まる。

だがその静寂には、畏敬と安堵が混じっていた。

何故なら、彼こそが――


“八属性すべてに加え、精神・空間すら操る天賦の魔導士”


“禁呪階梯に至った最年少の魔法継承者”


そして、“心象魔術”という禁忌をも制する者。


アルヴィス・エルンスト。


__________


私は、一歩だけ前へ出た。

寒気は、すでに私を避けている。

魔素が、私の周囲を熱のように揺らめいているのが分かる。


《ヴォルグ=デザイア》が私を見据えた。


その瞳に、知性が宿っていた。

怒り。恐怖。呪い。……そして“興味”。


「――喰らえ、紅蓮の意志を。」


私は右手を掲げた。

指先に、八つの魔素が絡みつく。


「第十二階梯・紅蓮刻印(グラン=イグニア)」


空が裂け、紅い輪が現れる。

それは、魔法の枷を外す“承認の輪”。


続けざまに詠唱。


「火よ、我が心に応えよ――《熾天焼獄(セラ=インフェルナ)》」


魔法が発動した。


そして大地が、爆ぜた。


いや、焼けたのだ。

《熾天焼獄(セラ=インフェルナ)》は第十三階梯――禁呪の領域。

天空から降り注ぐ紅蓮の柱が、雪原を瞬時に蒸発させた。


咆哮。いや、断末魔に近い叫びが、魔獣の口から絞り出される。


《ヴォルグ=デザイア》の黒き外殻が灼かれていく。

通常の魔法では通らぬ再生を阻む、「心象の楔」を私はそこに織り込んでいる。


――“お前を赦さぬ”という、私の明確な感情を、魔法に込めた。


__________


魔獣は反撃に出た。尾が振り抜かれ、空間を歪ませる。

が、その瞬間、私はすでに動いていた。


「空間転移・反射結界(シフト=リヴァーサル)」


術式が展開され、尾は虚空へと飲み込まれる。

私はその背後へと出現した。


「第十一階梯・雷撃裂空(クラージュ=ヴォルト)」


雷光が閃き、魔獣の後脚を貫く。

怯み、体勢を崩したそれに向かって、私は左手を掲げた。


「水よ、風よ――《氷刃連舞(シヴァル=ダンス)》」


水の魔素が空気中の湿度を引き裂き、風と共に刃となる。

数百の氷の刃が、舞うように魔獣を刻み込んだ。


__________


戦場は静まり返っていた。


ただの魔法ではない。

八属性の連携と高位属性の組み合わせ。

そして、その一つ一つに「心象の意志」が込められている。


敵意、拒絶、怒り――

だがそれは、“制御された激情”だった。


__________


魔獣は一度跳躍し、後方の斜面へと退いた。

まるで、私との距離を測るかのように。


その眼に、恐れが宿っていた。


……理解したか。


私は静かに呟く。


「貴様に、逃げ場はない。」


右手を胸に、左手を天へ。


「――我が心象、ここに具現す。禁呪・第十四階梯」


空間が震え、魔法陣が幾重にも重なる。


「《紅蓮断界・天鎖封獄(アポカリプス=ロック)》」


魔獣の足元から、紅き鎖が現れた。


それは心象魔術と創造魔法の融合――

私自身の“意思”が形を持って発動する、禁じられた術。


魔獣の身体が縛られ、動きを封じられる。

全身を覆う瘴気すら、紅蓮に呑まれて浄化されていく。


__________


私は最後の詠唱に入る。


「この火は、世界の意思。されど、燃やすのは――我が誓い。」


掌から放たれたのは、一輪の炎。

それは、“言葉ではない想い”の具現。


《心象魔術・終焉火(クレスト=フィニス)》――


それが触れた瞬間、魔獣は光に包まれ、

まるで静かに、涙を流すかのように――消えた。


静寂。

雪原は、まるで何事もなかったかのように、

再び白く染まり始めていた。


だがそこには――焼け焦げた黒い爪と、

紅蓮の魔法が刻んだ焦土だけが残っていた。


「終わった……のか……?」


誰かの呟きが、風に消える。

次いで、どこかで槍が落ちる音がした。


それを皮切りに、帝国軍の者たちが膝をつく。

ある者は涙し、ある者は地に頭を垂れる。


「――アルヴィス様……」


「……なんという、御業……」


その声に、私は応えなかった。

ただ、空を見上げていた。


沈黙が、私を包む。


__________


この力は、讃えられるものではない。

ただ、“必要だから行使した”だけだ。


民を護るため。

帝国を守るため。

妹を、リシェルティアを、家族を……この世界を守るために。


……それだけだ。


__________


「アルヴィス様!」


振り返れば、リシェルティアが駆けてきていた。

雪の中を、躊躇いなく。


その後ろから、ソフィアも。彼女はまだ少女のまま。

だが、私にとっては――唯一変わらぬ存在。


「無事で……よかった……!」


リシェルティアは私に抱きついた。

その肩は小刻みに震えていた。


私は、彼女の背に手を添え、そっと告げた。


「……終わった。もう大丈夫だ。」


「……うん……」


ソフィアも、私の手を握っていた。

その手は小さく、けれど温かかった。


「お兄様、つよい。……でも、すこし、こわい。」


その一言に、私は少しだけ微笑んだ。


「……私自身も、そう思うよ。」


__________


戦いの翌日。

帝都では、私の名が至る所で囁かれていた。


「“紅蓮の魔導公子”、再び現る――か。」


「いや、“災厄をも鎮める存在”と呼ぶべきだろう。」


「もはや、彼こそ帝国の盾……いや、剣かもしれぬ。」


__________


政庁、魔導院、軍部、貴族たち。

あらゆる権力機構が、私を畏怖の対象として再評価していた。


――だが、それでいい。


彼らが何を思おうと、私は私だ。

名誉も、恐れも、称号も求めてはいない。


ただ、“護りたいもの”がある。

それだけだ。


__________


その夜、エルンスト公爵家現当主である父・ジークフリートと対面する。


「よくやった、アルヴィス。」


「……当然のことをしたまでです。」


父は微笑む。


「ならばそれは、“当然ではない者”には畏れと映るだろう。」


「構いません。私の責務は変わりませんから。」


「お前の在り方は……時に世界を変える。忘れるな、アルヴィス。お前は、“ただの天才”ではない。」


「……心得ております。」


__________


部屋を出てから、私は静かに立ち止まった。

廊下の窓から見える夜空に、紅い月が浮かんでいた。


――力とは、祝福か、それとも呪いか。


未だに、答えは出ない。

だがひとつだけ確かなことがある。


「私は、“紅蓮”に誓ったのだ。」


誰にも、世界にも、何者にも屈しないと。


そして、私は再び歩き出す。

この先に何があろうと。


たとえ、帝国中枢が私を警戒しようと、

異国の王が私を討とうと画策しようと、

たとえこの身が呪われようとも。


私は、“私”として在り続ける。


――それが、紅蓮に選ばれし者の責務なのだから。


__________


「アルヴィス様」


振り向けば、リシェルティアがいた。

真っ白なナイトローブに身を包み、まるで光のような少女。


「もう、眠る時間ですよ。」


私は少しだけ笑って頷いた。


「……ああ。夢の中で、また会おう。」


彼女は、微笑む。


「今度は、戦いじゃなくて……花畑の夢で逢いたいです。」


「……そうだな。次こそは、穏やかな場所で。」


そう願いながら、私は扉を閉じる。


世界は静かだ。

しかし、その静けさの裏に潜むものこそ、真の脅威。


だから私は、再び立ち向かうだろう。


――紅蓮を従えし者として。


__________


その日――

帝国は、ひとつの災厄を退けた。


人々は“英雄”の名を囁き、

貴族はその存在に畏敬と警戒を抱いた。


だが、誰も知らない。

この者が、いかにして“紅蓮を従える者”となったのかを。


すべては、静かなる誕生の時に始まった。

祝福され、生まれ落ちたその魂が、

世界を震わせ、やがて新たな理(ことわり)を拓くまでの物語――


これは、

帝国を揺るがす青年の“原初の記憶”に、時を巻き戻す物語である。


――時の針は、静かに戻る。


幼き日々、すべての始まりへと。




◆◆◆


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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