比野曰く
第6話ですよ。 うるさいです。
「なぁなぁ、今日何の日やと思う?」
後ろから、妙に明るい関西弁が飛んできて、私ー 比野修也 ーは思わず顔をしかめた。
「知りませんよ」
「えー⁉︎嘘やろ、ほんまに?」
彼はざわざわと騒がしい教室に負けず劣らず大きな声をしている。相変わらず元気な人だ。外は雪が降って、暗い天気だというのに。
私は席に座ったまま少し開いたカーテンを見やった。雪が止む気配は無い。
「なーなー聞いてる?なー修也ぁー」
冷たくあしらおうとしたが、彼がなおも突っかかってくるので、仕方なく振り向く。
そこには、案の定笑顔の彼、宮崎龍馬がいた。表情までうるさいんですね、この方。
「だから、知りませんって」
「今日な、俺の誕生日やねん」
「…」
別に、どうでもいいことですね。
私が、もう一度前を向こうとしたのを龍馬は慌てて止める。
「ちょ、ちょー待って!ほんまに知らんかったん⁉︎悲しいわー。友達の誕生日くらい覚えといてーや…」
「…友達?」
「うわー、最低や!こいつ!最低や!」
龍馬が高い声を上げるので、私は思わず耳を塞いだ。更に悪いことに、彼は話す時に身振り手振りを交えてくる。動きもうるさいんですね、この人。
「それで、なんなんですか?まさか、何か贈り物でも欲しいんですか?…あげませんよ」
私は、迷惑感を出すために眉根を寄せてみる。大概の人はこの表情を見るとそそくさと逃げ出すのだが、彼はへらへら笑うだけだ。
…K Yなんですかね。
「別にそんなんちゃう!…あ、でもどっか行きたいな」
「どっかって、どこですか?」
「え、えーっと…。朝日公園とか?」
「朝日公園?…ああ、あの草しか生えて無い土地のことですか。行きませんよ。寒いし」
「草ばっかりちゃうわ!花とかも生えとるし!」
龍馬はバンッと机を叩き、私はため息をついた。しかし、それはすぐに教室の喧騒にかき消されてしまう。
「そもそも、今行っても雪ばかりですよ」
「…それもそうやな。あ、じゃあ、春になったら絶対行こうな!」
「え、行きませ…」
「これ、約束な!絶対やで!」
キーン コーン カーン コーン
ちょうどその時、下校のチャイムが鳴り響いた。喋っていた生徒たちが一斉に帰りだす。
私も、早く帰らないとですね。
「あ、ちょ、待ってや!」
放置された龍馬も慌てて後について来る。私は約束をうやむやにしつつ、校舎から出た。
外は、雪が降っていた。龍馬は、「雪やったら、傘ささんくてもええかな?」と言いながらそのまま歩いていく。
しかし、彼の髪や服は溶けた雪が染み込んで濡れており、全く良くは無さそうだ。
「あ、ヒノや!」
しばらく歩いたところで、龍馬がいきなり立ち止まった。指を前方に指して、大きな黒い目を更に大きく見開いている。
「ひの?」
「そう、ほら見て!」
視線の先には、一匹の猫がいた。アッシュグレーの、野良猫にしては綺麗な猫が道路脇で縮こまっている。この雪から逃げてきたのかもしれない。
「ヒノって、もしかしてその猫の名前…って、何してるんですか⁉︎」
先ほどまで隣にいたはずの龍馬は、いつのまにか猫を抱きかかえようとしていた。私は少し距離をとる。
「この子な、最近ここら辺に住んどんねん。かわええやろ〜。…あ、もちろん名前は俺がつけたんやで!ほら、こいつ修也っぽいやろ。だから、ヒノ」
「うわ、やば」
ドン引いて思わず、敬語を忘れてしまった。
この猫が私に似ているなんて心外です。…そもそも、私猫嫌いですし。
私は更に距離をとるが、彼はそれに構わず猫を撫で回している。もっとも、猫の方は彼が嫌いなようで、シャーと威嚇すると姿を消してしまった。
「あー、行っちゃった…。やっぱ猫かわええなぁ〜。俺、来世は猫になりたいわ」
「私は猫なんてごめんですね。と、いうかヒノと言う名前はやめてください。普通に嫌です」
私は怒りをにじませて言う。しかし、龍馬は私の話を聞いていないようで、口元を緩ませて猫の逃げた方向を見るばかりだ。
はぁ…。
まったくこの方は、いつもこうなんですから。
私は本日二十三回目の溜息をつき、再度歩き出した。
天気は相変わらずで、雪が止む気配は無い。
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