第4話やで! そんなん知らんがな‼︎

「!」

「うわっ!」


ヒノが、突然足を止めた。


俺は、ヒノを避けようとしてつんのめる。耐えようとしたが、結局重力に負けて転んでしまった。


「なっ…何っ⁉︎ 何や!」


俺はヒノに抗議しようと上半身を起こした。目の前の彼は、とある教室に目が釘付けになっていた。



あの後、俺達は校内探検をした。理科室、家庭科室、図書室に職員室。どこも、特筆すべきところは無かった。相変わらず人々は背景だったが、それ以外はごく普通の校舎に思えた。


この教室だって、これまでと同じ様に見えた。しかし、何かが違った。上手く言い表せ無いが、雰囲気が異なるのだ。



ここ、見覚えがあるようなー…。



空気が、少し冷えた気がした。


「…」


ヒノは無言でドアを開けると、俺の手を引いて中に入ろうとした。逆らう理由も無いので、着いていく。


心臓が速く脈打っていた。


中も、よくある教室だった。前と後ろにスライド式の大きな黒板があり、三十以上の椅子と机が整然と並べられている。窓にかかったカーテンは微動だにしていない。


静寂を押しのけて二人は進む。そして、とある席の前で立ち止まった。


「ここに、座ってください」


俺は、それに従うことにする。ヒノも、俺の前の席に座って、振り返った。



「どうです?」

「どうですって…何が?」


「例えば…行きたい場所とか、ありませんか?」

「無いよ」


「では…今日、何の日ですか?」

「えーそんなん知らんよ」



要領を得ないヒノの質問に、俺は首を傾げる。その後も謎の尋問は続いていく。ヒノはまるでロボットの様に淡々と話していた。まるで、何か台本があるみたいに。



終わりは、唐突にやって来た。



キーン コーン カーン コーン。



いきなりのチャイムに、俺は一瞬身をすくめる。ヒノも、スピーカーの方を向いて、驚いた様に目を見開いていた。しかし、すぐに気を取り直し、俺に向きなおった。


「…じゃあ、行きましょうか」


どこに?


その言葉は、空気に溶けて消えてしまった。



長い廊下を進み、角を曲がって、階段を降りる。そして、気がつけば最初に入ってきたドアの前に立っていた。



「外に出るん?」

「…はい」


「出て、どうするん?」

「…」



俺は、これからの事を考えていた。


ぶっちゃけ、外に出たって行くあてはない。ただ草原があるだけで、右も左も分からへん。ヒノだって多分そうや。



ーそれやったら、もう、ずっと、ここにおったほうが…。


ヒノが、ゆっくりと、振り向いた。本当に緩慢な動きだった。部屋の温度が、急速に下がっていく。






「…元の世界に、帰りたいですか」

「⁉︎」



次の瞬間、俺はヒノの肩を掴んでいた。殆ど無意識のうちにだった。



「おまっ…やっぱ何か知って…知っとるんか⁉︎」

「…っ‼︎」


ヒノは冷静に俺の手を払いのける。


そして、淡々と、しかし絞り出す様に話し始めた。



「…私…向こうに、友達がいたんです」

「…?」

「でも、もう、戻っても、その人は居ないんですよ」



大きな黒い瞳が、俺を映していた。しかし、きっとヒノが見ているのは俺では無いと、直感した。


「…どうしたらいいですか?」


ヒノは、珍しく弱気になっている様だった。少し、身体が震えている。


でも…そんなこと言われても、困るわ。俺やって、そんなん分からへん。



「俺は、元の世界に戻りたい」



一瞬の静寂。一秒一秒が、とても長く感じた。


「…そうですか。そうですよね。…じゃあ、行きましょうか」


ヒノは、ドアに手をかけた。


「?…この先に、何かあるん?」


「それは、貴方の方がよく知っているんじゃ無いですか?…この状況、覚えがありますよね?」


「…な、何ゆうとるん。俺は、こんな場所も状況も初めてやわ」



とぼけて笑ってみたけれど、心臓の音は、相変わらずうるさかった。今更、怖くなって来たのかもしれない。あるいは、図星?



ヒノが、ゆっくりとドアを開けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る