祓い屋奇譚!

流暗

第1話 自己紹介!

「邪魔よ」

「わっ」


 我が家の廊下を歩いていた私──月詠つくよみすいは、後ろから歩いてきた人物に、肩をおしのけられる。


 腰まで流した夜色の髪、黒真珠のような瞳。


 それらと相対する雪のような真っ白な肌には、無感情の整いすぎたパーツが、うめこまれている。


 私の二つ上の姉の、月詠つくよみあおいだ。


 さっそうと去っていく彼女の後ろを、これまた金の髪を持つ美しいが、ペースを乱すことなく、ついていく。


「遅刻するー! ……って、うわ」


 心底嫌そうな声に振り返ると、私より頭一つ分高い男の子と目が合った。


 不機嫌そうな彼は、私の弟、月詠つくよみこう


 一つ下の、小学生四年生だ。


 下手に刺激したくはないから、とりあえずにっこり笑ってみる。


「何ニヤニヤしてんだよ。気色悪ぃ。これだから不適合者アウトローは……」


 チッと舌打ちをし、紅はわざと私にぶつかる位置で、横切ろうとする。


 何回もぶつかられてたまるか。


 私が直前で足を一歩引くと、彼は空振ってヨロける。


 恥ずかしいのか悔しいのか知らないけど、紅はぷるぷると、体を震わせた。


「あーもう! 最悪の気分だ! 朝から会いたくねぇヤツと出くわすし……なあハク!」

「俺は、朝っぱらからキャンキャンわめきちらすヤツのが、ダルいと思うね」

「んだとテメェ、俺のことか!」

「自覚あるんなら、ひかえてくださーい」


 ストリート系のラフな格好をしたが、紅とわあわあ言い合いながら、家を出ていく。


 一人残された私は、はーっと特大のため息をついて、かばんを肩にかけなおす。


 物理的な引っかかりが、あるわけでもないのに、重く感じる足を引きずって、靴につっこんだ。


 さて、我が家のちょーっと変わった事情について、お察しの方もいるんじゃないかな?


 でもまあ、それは後で!


 とりあえず、自己紹介から!


 私は月詠つくよみすい。月詠家次女の、小学生五年生。


 特技はどこでも寝られることで、趣味は寝ることと食べること。


 ……あ、そこの君。


 今、堕落人間だと思ったね!?


 間違いじゃないけど、聞き逃さないよ!


 とまあ、冗談はこの辺にして。


 この世界の裏のこと、私が知ってるかぎりだけでも、説明しないとね。


 この世には、人ならざる者、マガイモノっていう生物が存在するんだ。


 生物かどうかってことも、実はあやしいんだけどね。


 意志疎通を図れる個体がすごく少なくて、しかも、人間と敵対関係にあるから、彼らについてはまだまだ未知数なんだ。


 ただ、これだけは分かってる。


 マガイモノは、人間の感情を吸い取って、それに呼応するように姿を変えるってこと。


 寄生するみたいに、一人の人間にとりついて、空っぽになるまで食いつくす。


 その後はって?


 ご想像のとおり、とりつかれちゃった人は、物言わぬ人形みたいになっちゃって、マガイモノは次の宿主につくの。


 怖いよね。


 何もかも不明な生物に、抗う術はないんじゃないか、って。


 でも大丈夫!


 餅は餅屋、人ならざる者には人ならざる者!


 一部の人間には、強力な助っ人が、力を貸してくれるんだ。


「……ん。翠さん」

「はいっ!?」


 とんとん、と遠慮がちに肩をたたかれて、私は飛び上がって振り返る。


 そこには、驚いて目を丸くする、女の子が立っていた。


「ふふっ。驚かせてしまって、ごめんなさい。翠さんがうつむいて、悩んでいるように見えたので、つい」


 口元を手で隠すようにほほえんだ彼女は、私の親友、姫神ひめがみ凪忌なきだ。


 絹のように柔らかな、真っ白の髪。


 凛と咲く赤い彼岸花の瞳は、意思が強くも、はかない雰囲気をかもし出している。


 俗にいう、アルビノなんだ。


 すっごく華奢で、ぎゅって抱きしめたら、ぽっきり折れちゃいそうなくらい。


 それに、今日も今日とて、一挙手一投足に品があるなあ。


「また、今日も何か言われたのですか?」

「うーん……。まあ、ちょっとだけ? でももうなれたから、気にしてないよ」


 心配そうに眉を寄せる凪忌に、私は慌てて、手を振って否定する。


 な、なんでそんな、疑いの目なんだ……。


 そんなに私、ヒドい顔してるかな。


 何かっていうのは、姉弟が私にキツく当たることで、うちの事情を知ってる凪忌は、ちょくちょく心配してくれる。


 彼女も、私と同じような境遇なのに、自分のことより、私の話を聞いてくれるんだ。


 似たところが多いっていうのもあるけど、私は凪忌の優しいところが、大好きなんだよね。


「……なら、いいのですが」


 凪忌は、私の横を通りすぎると、ガラス窓のついた扉に手をかける。


 ……ん?


 これ、もしかしなくても、教室の扉?


 いろいろ考えてるうちに、学校ついてたんだ!


 しかも、凪忌、うつむいて悩んでいるようにって……。


 私、扉の前でずっとつっ立ってたってこと!?


 うそ……!


 完っ全に変質者じゃん!


「ちょちょちょっと凪忌! 私、どれくらい前から……んぶっ」


 羞恥心と焦りとで、急いで凪忌を追った私は、その勢いのまま、誰かにぶつかる。


 後ろに二、三歩ヨロけると、相手の顔を見て、さあっと血の気が引いた。

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