第3話:「ガチもんの上層部」
常在戦場学園・一年A組の朝。
昨日の件のことでざわめきは沈まないまま、一定の距離感を保って杉田から視線が外される。
その本人は、教室の隅の窓際で相変わらずミルクコーヒーを飲んでいた。
視線に気づいていないのか、気づいているけど無視しているのか。
「……静かに生きる、って言葉は、俺の辞書から消えたらしい」
独りごちたその言葉に、スッと机の上から伸びる指。
「コーヒー、今日も無糖?」
「……バレてたか、春野」
こはるは自分の席に座る前に、隣に腰かけてカバンを置く。
「無糖ってことは、今日も不機嫌ってことでしょ。わかりやすい」
「言うな。自己嫌悪で一杯なんだ」
「うわ、朝から暗っ」
冗談めかした言葉に、杉田の頬がほんの少し緩んだように見えた。
チャイムと同時に、担任の荒海(あらうみ)が入室する。
だるそうな足取りで、プリントの束を机に叩きつけると、開口一番こう言った。
「一年十三番、工口杉田。生徒会からの通達が届いている」
——その瞬間、空気が変わった。
「マジか」「生徒会って……ガチの上層部……」
空気が静まり返ったその扉から、二人の黒と赤の制服が現れる。
「失礼する」
前に立ったのは、銀髪の少女。鋭い目つきと完璧な所作。
生徒会副会長、姫崎レイラ。
「本日は、識別コード“ZERO-13”指定者への通達のため、臨時出席させていただいた」
彼女は静かに、一枚の書類を机の上に広げる。
特異戦力監視通達
■通達対象者:工口杉田
■識別コード:ZERO-13
■能力:非検出(ノンエントリー)
■戦力評価:S
■監視分類:特殊戦力保全対象
■監視項目:異能未登録者による高威力行動
「平たく言えば、君はこの学園にとって——危険すぎる例外だ」
そう言った姫崎の声には、感情がなかった。
「異能を持たず、制御を経ず、法の外から“強さ”だけを持つ者。正規の教育過程に存在してはならない。だから、君は“監視対象”になる」
「へえ」
杉田はコーヒーを飲みながら笑った。
その目は笑っていなかった。
「つまり、異能社会の外側から異能者をぶっ飛ばしたら、“ルール違反”ってこと?」
「……そう解釈してもいい」
「面白いな。能力があるだけで何やっても許されるってわけか」
「言っていない。能力の有無ではなく——制御可能かどうかが基準だ」
「じゃあ、俺が“制御できてる”としたら?」
姫崎の目が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「それでも、我々は“例外”を見逃すことはできない」
杉田は立ち上がる。
スーツのボタンを止めるような、動作の一つひとつに無駄がなかった。
「了解。好きにすりゃいい。監視でも、観察でも。“動物園の珍獣”扱いでもな」
そして、その声にだけは、静かに怒りが滲んでいた。
「でも覚えておけよ、生徒会さん。俺が誰かをぶん殴る時、それは“守るため”だけだ。止められるなら止めてみろよ、監視対象さんをさ」
教室が一斉に息を呑んだ。
レイラはその姿を黙って見つめていたが、最後にこう呟いた。
「……やはり、あなたは“危険”だ」
昼休み。
校舎裏で缶コーヒーを投げ渡す春野。
杉田は受け取りながら、壁に背を預ける。
「……なんでいつも缶コーヒーなん?」
「炭酸飲むと腹が緩む」
「そこは“渋いから”って言えよ」
こはるはわざと笑いながら言ったが、その目は鋭く、まっすぐだった。
「さっきの話……“守るためだけに殴る”って言ってたけど、本気で言ってる?」
「本気じゃなきゃ、あんな発言しねーよ」
杉田の目がふと遠くを見た。
「昔、似たようなとこにいたんだよ。常在戦場みたいなとこ。……“育成機関”って名前だけど、実際は訓練所だった」
「そこで……?」
「……いや、やっぱいい」
「なんでよ!気になるじゃん」
「……人に教えるようなことじゃねぇよ」
杉田はそういうと、真剣な
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