第7話 姉の事情
それは昨日、ガイが待つ役所の階段を降りている最中のこと。
「……姉さま、話してもいい?」
「ええ、構わないわ」
妹からの改まった伺いに、ナタリーは不審を抱く様子もなく応じた。
このやり取りは二人の合図だ。
他に聞かれたくない、とある話題について語るための合図。
ただし、続けてナタリーが述べた言葉は何のことか分からなかったが。
「この場所はそこまで気が回らないから」
(気が回らない? どういう意味だろう……)
それでも深く聞く真似はしない。
この階段を降りきるまでの時間は長くはないし、説明を求めたところでロゼットに理解できるかも定かではないのだから。
簡潔に問う。
「昨日は色々あったから、あんまり気にする余裕もなかったけど、ここって変よね? 歩いている距離と見ている距離が合わないというか。見ているモノがちぐはぐというか。感触はあるのに、実感があまりない……。ううん、そもそも、私と姉さまの見ている景色は同じなのかしら?」
最後はほとんど自問だった。
青い空と草原。心地良い気候。
そして、直前まで視認できない、まばらに配置された建物。
悪くはないが、どこか異質と感じる里の風景。
言葉では表しきれない齟齬に戸惑っていれば、ナタリーは言う。
「見えている景色に違いはないと思うわ。青い空と草原。意識しなければ風景に溶け込んだままのお家、お店……。でも、状態は不安定。今にも脆く崩れてしまいそう。ロゼちゃんが感じているのは、その辺りの儚さなのでしょうね」
「儚さ……」
思いの外、しっくり来た言葉を繰り返す。
ナタリーの見えている景色と自分が見ている景色に違いがないことには安堵する反面、上げられた単語は前向きというには程遠い。
「……ここで暮らして大丈夫かな?」
昨日は勢いに任せてそう言ってしまったが、碌に姉と相談せず決めたことに対して、今更の後悔に襲われる。
と、知らず立ち止まっていた肩に、後ろからたおやかな手がそっと添えられた。
「不安になる気持ちは理解できるけれど。ワタクシは悪くない選択だと思っているわ。どの道、魔女の器を受け入れられる場所なんて限られているのだから」
「姉さま……」
手を重ねて振り返れば、ナタリーの微笑みに迎えられる。
「心配しなくても大丈夫。言ったでしょう? ワタクシはロゼちゃんを信じていると。もちろん、本当に危ないと思ったら、ワタクシも全力で止めるから大丈夫」
「……うん」
壊れ物を扱うような抱擁は、束の間ロゼットに安らぎを与えてくれた。
――その温もりを握りしめるように拳を握る。
「私は……魔女の眷属ではないわ」
緊張から震える声はか細くなるが、嘘は言っていない。
これを頼りに、挑むような目でオーサを見上げたなら、眉一つ動かさない彫刻然の顔は頷いた。
「なるほど。だが、そなたの姉はそうであろう? あるいは――」
「姉さまは……姉さまのことを知りたいなら、姉さま自身に聞いて。私は姉さまの妹だけど、姉さまではないから」
自分でも逃げのような言い分だとは思う。
だが、ナタリーの立場を正しく語るには、ロゼットでは力不足なことも事実。
「……ふむ。確かに早計であったな」
足掻きとも取れるロゼットの言葉に、しかしオーサはそれ以上踏み込まず。
「では、そなたが答えやすいように質問を変えるとしよう。そなたの姉のことではなく、そなた自身のことを聞こう。そなたは――魔法が使えるな?」
(うっ……)
それは質問ではなく確認では? という軽口も出せずに呻く。
散々自分のことではないと答えを避けてきた手前、はぐらかしも難しい状況に追い込まれたロゼットは、オーサの顔色を伺いつつ頷いた。
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