第3話 世捨ての里の長
案内の前にガイから名を尋ねられ、素直に答えたロゼット。
しかし、続いて尋ねられた姉の名については答えず、彼女の格好が顔を半分隠した喪服姿であることを突っ込まれても、教えることは出来ないと突っぱねた。
それはまるで、分からないことは長に尋ねろというガイへの意趣返しのようであり、事実、ガイはそう受け取った様子だった。――まあ、半分はそういう気持ちもあったわけだが。
それでも道中、ガイは自分に分かる範囲のことだけ、という前置きの下、世捨ての里と彼が呼ぶこの場所について教えてくれた。
彼の記憶にある限り、ここは約一年前には存在していた場所だという。
これもまた不思議な言い回しではあったが、ガイによると彼の記憶というのがそもそも一年前、この里の存在と共に始まっているらしい。つまり、それ以前の記憶はないということになる。ガイに分かっているのは、自分は以前は人間で、今とは別の姿をしていた、ということのみ。
それはこの里にいる他の住人にも当てはまるそうで、実際、ガイの後ろをついていく最中に挨拶することになった数人は、どれも人間とは言い難い容姿をしていた。もっと言えば、どの住人もガイと同じくらいの背丈しかない。
(この人……長に聞けって言っていた割には色々教えてくれるのね。もしかして、このまま黙っていれば、知っていることを全部教えてくれるんじゃ)
饒舌なガイにロゼットがそんなことを思い始めた頃。
「よし、ついたぞ」
(……そう上手くはいかないか)
ガイが立ち止まったのは、彼の近くに在った建物同様緑のツタが絡まった、しかし、木造ではない砦を思わせる石造りの建物だった。
「あら、ずいぶんと大きい建物ね」
姉の感想に同じことを思っていたロゼットは頷いた。
これまで見てきた住人や草原の中でまばらに建つ家とは異なる大きさに、思い起こされるのは、ガイが誰の下へ案内すると言っていたかということ。
(王ではない、長。だけど……それはつまりここの要人のことよね。そして、一年前に何があったのかは分からないけど、ここは元々ディペルが在った場所。噂でしか知らない、でも、遠方のパリュムにも届くような、悪名高い王のいた……)
過るのは、ガイの言う長こそが件の王なのではないかという考えだ。
知らずロゼットの身体が強ばれば、ガイが「おーい」と駆けていく。
王相手にしては気安い声かけ。
少しだけ緊張の解れたロゼットだが、その先を見ては目を丸くした。
最初に抱いた感想は巨木だった。
次に感じたのは古い年月を経た岩石。
しかし、どれも正しくはないと瞬きを繰り返した後、はっきり知覚した姿は、
(大きい人。ううん、そうじゃない。
ロゼットはガイの後ろから、吸い寄せられるように近づいていく。
見る角度によって金にも銀にも見える、不揃いに長い髪。同様の色は瞳にもあり、ガイの呼びかけにゆっくり動く視線はどこか虚ろだ。彫像のように整った顔の造りも相まって、最初の印象通り、静物ではないかと思ってしまうほど。
だが、こちらを示したガイの手に合わせて動く黒いローブ姿は間違いなく生きており、目が合った瞬間、再びの緊張がロゼットを襲った。
対し、緩慢に近づいてきた相手は、当初感じた背丈よりはだいぶ低いものの、ロゼットや姉より高い位置で声を発する。
よく通る、無感情な男の声音で。
「客というのはその方らか?」
たった一言の問いかけ。だというのに、自分と相手、よそ者と支配者を定める音の圧迫感に、ロゼットは自分が鳴らす喉の音を遠くに聞いた。
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