今世は好きと伝えたい

天蝶

第1話 出会い

一:静寂に響く秒針の音


 二月の終わり、風はまだ冬の冷たさを残していた。東京・谷中。細い路地に並ぶ木造の家々は、午後の光を浴びながら静かに息をしていた。


 春野心音(はるのここね)は、祖父の遺品を整理するために久しぶりにこの街を訪れていた。祖父の家は、古時計に囲まれた静かな空間だった。幼い頃、彼女はこの家でたびたび時間を忘れて遊び、祖父が見守る優しい眼差しに包まれていた。


 だが今、家の中は誰も住んでいない空虚な時間が流れていた。埃をかぶった柱時計や懐中時計が壁や棚に並び、どれも動いていない。ただ、リビングの隅に置かれた一つの机の上にだけ、薄く磨かれた銀色の時計が静かに佇んでいた。


心音「……これ、動いてる」


 心音が思わずつぶやいた。ほかの時計がすべて沈黙しているなか、その懐中時計だけが、かすかに秒針を刻んでいた。


 彼女は手に取った。銀色の表面には、桜の花が風に舞うような彫刻が施されている。懐かしく、美しい。そして、文字盤には見慣れない記号が並び、針は午前零時を指していた。


心音「……こんなの、見たことない」


 心音は蓋を開き、そっと内部を覗き込む。すると突然——視界が歪んだ。


 耳鳴り。空気の匂いが変わる。彼女の足元が揺れたかと思うと、次の瞬間には石畳が広がっていた。周囲は知らない町並み。空には電線が走り、空気は煤けたような香りを含んでいた。


心音「……え?」


 周囲を見渡しても、見慣れた建物は一つもなかった。彼女が立っていたはずの祖父の家もない。スマートフォンを取り出そうとしても、ポケットには何も入っていなかった。


心音「これって……夢じゃ…ない?」


 彼女は震える手で時計を確認した。針はまだ午前零時を指していた。けれど、秒針は止まっていた。


 心音はたまらず座り込んだ。心臓の鼓動が耳の奥で鳴っている。何が起こったのか、理解が追いつかない。


 そのとき——背後から、誰かの声が聞こえた。


???「お嬢さん、そこで何をしてるんだ?」


 振り返ると、そこには軍服姿の青年が立っていた。凛々しい顔立ち。鋭い目元。けれど、その瞳には一瞬、驚きと戸惑いが浮かんでいた。


??? 「君、見ない顔だな。迷ったのか?」


 春野心音は、彼の問いに答えることができなかった。自分が今どこにいるのかすら分からない。だけど、その青年——水嶋匡(みずしま きょう)の目は、なぜか彼女を責めてはいなかった。


 彼は心音の手元を見て、目を細めた。


匡「その時計……見せてもらえますか?」


 心音はためらいながらも、懐中時計を差し出した。匡はじっと文字盤を見つめ、次に心音を見つめた。


匡「……まさか、本当に……」


 彼の声は、遠くから届くように震えていた。


匡 「君、未来から来たんだな?」


---


二:歪む時空、昭和の息吹


 心音はその青年——水嶋匡に連れられ、ゆるやかな坂道を歩いていた。


 何もかもが異質だった。街並み、空気、人々の服装、言葉の調子。まるで古い映画のフィルムの中に入り込んだような感覚。昭和という時代を、書物や映像でしか知らなかった彼女には、すべてが夢のようだった。


 だが夢には、こんな冷たい風や、地面の感触はなかった。


匡「本当に、未来から来たって言うのか?」


 匡の声はどこか疑っていたが、怒りや恐怖はなかった。その目に宿るのは警戒と、何より好奇心だった。


 心音は頷くしかなかった。ポケットにスマートフォンもなければ、帰る方法も分からない。ただ、懐中時計だけが今の彼女をこの時代に繋ぎ止めている。


 匡「君の服も、髪型も……この辺りじゃまず見ない。しかも女一人であんなところにいた。おかしいと思うのが当然だ」


 彼は苦笑しながら言った。


匡 「でも、時計を見たとき、少しだけ信じられる気がした。……あれは、祖父が遺してくれた話と似ていた」


 匡は祖父の話を語り始めた。


 時計職人だった祖父は、「時間を越える懐中時計」を一度だけ見たことがあると言っていた。それを持った女性が現れ、短い間だけこの時代に滞在したらしい。祖父はその話を信じていたが、周囲はただの妄想だと笑った。匡も子供の頃は信じていたが、成長とともに忘れていた。——あの日までは。


 心音はその話を聞いて、胸の奥がざわめいた。自分が、祖父が語っていた“その女性”に重なるのではないかと。


心音「この時計、本当に……時間を越えたの?」


 心音の問いに、匡は答えなかった。けれど彼の沈黙こそが、答えだった。


 匡は心音を自宅へ案内した。それは古民家だった。柱は太く、障子が光を柔らかく受け止め、囲炉裏の痕跡も残っていた。


 匡の母・沙世は、心音に驚きながらも快く受け入れた。


沙世「見ない顔ねぇ……まあ、縁があるならそれでいいさ」


 妹の美々(みみ)は、元気いっぱいの少女だった。


美々「お姉ちゃん! 一緒にお夕飯食べようよ!」と無邪気に笑いかける。


 心音は安心した。この時代に来たという異常な事態のなかで、誰かのぬくもりを感じることができる。それだけで救われた気がした。


 その夜、心音は布団の中で祖父の顔を思い出していた。


祖父 「好きな人には、ちゃんと想いを伝えなさい。伝えられなかった言葉ほど、あとから重くなるもんだよ」


 そんな言葉を残していた祖父。今なら、彼が言いたかったことが少しだけ分かる気がした。


 この時代で生きる人々は、明日が保証されていない。戦争の足音が、着実に近づいている。


 そして——自分もまた、この時代でどこまで存在し続けられるのか分からない。


 だからこそ、心音は誓った。


 今世では、好きと伝えたい。


 この心は、誰かの時間と重なったなら——失う前に、伝える。


---


三:初めての仮住まい


 春野心音が水嶋家に滞在を許されたのは、あくまで“一時的な宿”という形だった。昭和十五年という未知の時代に投げ出された彼女にとって、この古民家の空気は恐ろしくもあり、どこか懐かしくもあった。


 匡の母・沙世は、初対面の心音に対して過剰な詮索をしなかった。それがかえって、心音には心地よかった。


沙世「何か事情があるんだろうけど、まぁ……あんたがいい子なら、それで十分よ」


 沙世はそう言って、真っ白な割烹着の袖をまくりながら、味噌汁を火にかけた。だしの香りが部屋に満ちていく。五右衛門風呂の湯気、玄関先に吊るされた干物、茶の間の柱時計が刻む重厚な音——そのすべてが、心音の感覚をじわじわと“今”に引き戻していった。


 水嶋家は、古き良き家族の形を保っていた。


 妹の美々は天真爛漫で、心音に対してすぐに懐いた。「お姉ちゃん、字読める? あたし、ここまで読めるの!」と、鉛筆で書いた紙を見せてくる姿は、まるで新しい妹ができたようだった。


 心音は、彼女の幼い指先やくるくる変わる表情を見て、自分が未来に持っていた感情とはまったく違う“温度”を感じ取っていた。スピードではなく、体温。感情の機微が、この時代にははっきりと存在していた。


 匡は無口だったが、決して冷たいわけではなかった。


匡「この町には古い雑貨屋がある。親父の知り合いだった人がやってる店だ。……手伝ってみるか?」


 そう言ってくれた匡の申し出に、心音は頷いた。何か役に立てることがしたかった。昭和の生活がどれほど異質でも、少しずつでも馴染んでいけば、自分がここに“存在している”実感が得られると思った。


 翌朝、心音は雑貨屋の前に立っていた。店の名前は「蔵乃屋」。木製の看板が軒先にぶら下がり、店内には紙袋に包まれた飴玉やマッチ、墨汁に布巾といった、見たことのない商品が並んでいた。


源一郎「いらっしゃい、さっそく来てくれたか。……匡が連れてくる女の子なんて珍しいねぇ」


 出迎えたのは、店主の秋山源一郎。白髪混じりの髪と、大きなメガネが印象的な人物だった。


 心音は丁寧に頭を下げ、「よろしくお願いします」と言った。


 午前中の仕事は、棚の在庫整理と紙袋の折り方を教わることだった。現代とは違い、レジもシステムも存在しない。すべては人の手と声でなりたっていた。


源一郎「お客さんが来たら、挨拶より先に顔を見なさい。顔を見て“どういう人か”を感じるんだよ」


 源一郎の言葉は一つひとつが奥深かった。心音はその意味を噛み締めるように作業を続けた。


 昼休憩になると、匡が現れた。店の裏手にある小さな庭で、心音と匡は並んで弁当を食べる。


匡「どうだ? この時代の仕事」


心音「不思議ですね。……不便だけど、なんだか生きてるって感じがします」


 心音がそう言うと、匡はほんの少しだけ口元を緩めた。彼の笑顔は滅多に見られない。でも、その一瞬の緩みが、心音には何よりも嬉しかった。


 その夜、心音は布団の中で祖父の声を思い出していた。


祖父 「時間が過ぎていくってことは、忘れていくことじゃない。“馴染んでいく”ってことなんだよ」


 祖父が亡くなる前に言った言葉だった。そのときはよく意味が分からなかった。けれど今なら、ほんの少しだけ分かる気がする。


 昭和十五年という時間は、彼女にとって異物だった。でも、この空気に触れ、人に触れ、暮らしに触れることで、心音自身が“馴染んで”いっている——その実感が、何よりも彼女を支えていた。


---


四:時代を紡ぐ日常と距離


 春野心音が水嶋家に身を寄せてから、半月が経った。


 朝は美々に「お姉ちゃん、起きてー!」と布団を引っぺがされ、台所では沙世の味噌の香りに包まれながら朝食を囲み、昼は蔵乃屋での仕事に励み、夕方には匡と一緒に配達に出る。その暮らしは、未来の彼女が経験したことのない“手触りのある毎日”だった。


 時間は穏やかに流れていた。けれど、その流れの中にこそ、心音は小さな違和感を覚えていた。


 匡は相変わらず無口だった。


 笑顔も少ない。美々には優しいが、心音に対してはどこか距離がある。決して冷たい訳ではない。むしろ彼の優しさは、仕草に滲んでいた。重い荷物を持つ手をさりげなく貸してくれたり、夜に雨音が強まれば黙って傘を差し出してくれたり——。


 でも、それ以上踏み込んでこない。


 心音は時々、彼の横顔を見ながら「この人は何を思って生きているのだろう」と考えた。


 ある日、配達の帰りに匡が言った。


匡「明日、休みだ。……少し遠くまで出かけてみるか?」


 それは、初めて彼が“誘ってくれた”瞬間だった。心音の胸が少しだけ高鳴った。返事は、もちろん


「行きたいです」


 翌朝、心音と匡は下町を離れ、隅田川を渡って浅草方面へ向かった。


 露店が並び、提灯が風に揺れる。人力車が通り過ぎるたび、心音は目を丸くした。


心音「まるで映画の中みたい……」


匡「映画って……未来の?」


 心音は笑って頷いた。


 二人は、浅草寺の本堂に参拝した。匡が手を合わせる様子を見ながら、心音はふと「この人にも願うことがあるんだ」と思った。きっと、過去に誰かを失ったその痛みは、今も彼の胸の奥に残っている。


心音「……何を願ったんですか?」


 心音が尋ねると、匡は少しだけ間を置いて言った。


匡「君が……無事でいられるようにって」


 その言葉に、心音の心臓が跳ねた気がした。体が熱を帯び、少しだけ目を逸らす。


心音「ありがとうございます……」


 午後、二人は上野公園のベンチで一息ついた。桜はまだ咲き始めたばかり。蕾が風に揺れていた。


心音「ここは——」


 匡が呟く。


匡「祖父が、よく女性を連れてきていた場所らしい。“桜が似合う人だった”って言ってた」


 心音はその言葉に、胸がざわめいた。祖父の話——時間を越えてやって来た女性の話。その女性は「桜が舞うような人」と記されていた。


 まるで、自分の存在が、何か既定の線の上に引かれていたように思える。


 その夜。


 心音は匡の部屋の前で、少しだけ立ち止まった。障子越しに聞こえる筆の音。匡は何かを書いていた。


心音「……日記ですか?」


 声をかけると、匡は驚いた様子で振り向いた。そして静かに、机の上に置かれたノートを手に取る。


匡「祖父の日記の続きを、記録している。——君のことも、書いている」


心音「わたしのこと?」


 匡は頷いた。


匡「不思議なことがあったとき、それを書き残さないと、きっとこの世界に流されてしまう気がして。……君との時間は、忘れたくないから」


 心音はその言葉に、胸がじんわりと熱くなるのを感じた。彼も、同じように“この時間”をかけがえのないものだと思っているのかもしれない。


 けれど、だからこそ怖かった。


 いつか、この時代から突然引き離されるかもしれない。


 この穏やかな日常も、好きだという気持ちも、伝える前に、消えてしまうかもしれない——。


---


五:祖父の記憶、書かれた運命


 春野心音は、部屋の隅で膝を抱えていた。


 匡の部屋から手渡された古い日記帳は、皮製の装丁で、角が擦り切れていた。その中には、昭和十年頃から数年間に渡る記録が綴られていた。筆文字で丁寧に書かれた言葉の数々は、匡の祖父——水嶋靖蔵が残したものだった。


心音 「……こんなに細かく、日々のことを綴ってたんだ」


 ページをめくるごとに、靖蔵の日常の描写と、それに挿まれる小さな“異変”の記録が増えていく。

「奇妙な懐中時計を手にした女性との出会い」「花のような香りと桜の風」「耳慣れない言葉を話す者」——それらは、まるで心音自身の姿をなぞっているようだった。


 その晩、心音は匡のもとに日記を持っていった。囲炉裏の火が落ち着いた時間。匡は静かにページをめくりながら言った。


匡 「祖父は、未来のことを信じていた。誰に笑われても、否定されても——『時を越えて、想いだけは届くはずだ』って」


 心音はその言葉に胸を打たれた。


 日記のある一頁に、匡の祖父が「桜が舞うような女性に再び会えたなら、今度こそ想いを伝えたい」と書いていた。そこには名前がなかった。ただその女性の印象と、祖父がその時に抱いていた淡い恋情が滲んでいた。


心音 「……わたし、あの人の“再現”なんでしょうか」


 心音の声は、少し震えていた。


 匡はゆっくりと首を振った。


匡 「違う。君は君だよ。でも——祖父の想いが君に繋がってることは、確かだと思う。たぶん、時計がそれを導いたんだ」


 心音は、懐中時計をそっと見つめた。あの瞬間、自分はこの時代に“引き寄せられた”のだと思う。そのきっかけが祖父ならば、この出会いには意味がある。


 数日後、匡は心音を祖父の旧工房に案内した。


 浅草の路地裏に佇むその場所は、今では蔵として使われていたが、奥には時計のパーツや設計図がいくつも残されていた。埃の積もった引き出しを開けると、見覚えのある懐中時計の試作品が並んでいた。


心音 「これ……!」


 心音が手にした一つは、まさに彼女が持っていたものと酷似していた。桜の彫刻、文字盤の記号、そして針の構造。背面には小さく“Y.M.”と刻まれていた。


匡 「祖父が、この時計を完成させたわけじゃない。でも、設計を残した。……誰かがそれを引き継いで、完成させた可能性はある」


 匡は静かに語った。


匡 「つまり、この時計は——祖父が“未来に想いを託した証”なんだ」


 工房を後にした帰り道、心音は匡の背中に語りかけた。


心音 「私、祖父のこと……もっと知りたくなりました。彼の想いも、あなたの想いも、無駄にならないように……この時間を生きたいと思う」


 匡は立ち止まり、振り返った。


匡 「僕も、祖父の想いが届く未来に生きてる君に出会えたことで……今をちゃんと見ようと思った。誰かを守れなかった過去ばかりじゃなく、今、目の前にいる君を……守りたいって思った」


 心音は、匡の言葉に深く頷いた。


 彼の祖父が時計に込めた「未完成の想い」は、今まさに時を越えて結ばれようとしていた。


---


六:心を刻む覚悟


 春野心音は、自室の障子をわずかに開け、夜の空を見上げた。


 空には淡く霞んだ星が散らばり、風が庭の竹を揺らしていた。その音を聞きながら、彼女は懐中時計を手に取る。文字盤の針は、再び動き始めていた。止まっていた秒針が、ゆっくりと時間を刻んでいた。


心音 「……やっぱり、戻ろうとしてる」


 心音はそう呟いた。時計は、彼女に“元の時間”への帰還を告げている。だが——今はまだ、戻れない。戻りたくない。


 匡との時間が、彼女にとってかけがえのないものになっていたから。


 翌日、心音は匡と蔵乃屋の配達へ出かけた。途中、神社の境内でひと息ついた二人は、言葉少なにおにぎりを分け合った。春の香りが混じる風が、心音の髪を撫でた。


心音 「匡さん……わたし、もうすぐこの時間から離れるかもしれません」


 唐突に放たれた言葉に、匡は手を止めた。そして静かに問い返す。


匡 「それでも、君は後悔してないか?」


 心音は少し考えてから、頷いた。


心音 「怖いです。でも、出会えて良かった。……あなたに“好き”って気持ちを伝えたいと思えたから」


 その言葉に、匡はふっと目を伏せる。どこか寂しげな笑みだった。


匡 「僕は……ずっと誰かを守れなかった記憶に囚われてきた。君が現れて、それが少しずつ薄れていった。……君の“好き”が、その痛みを和らげてくれた気がする」


 心音は、そっと匡の手に触れた。彼もまた、ためらいながらその手を握り返す。


 その夜。


 心音は懐中時計を開いた。文字盤が淡く発光し、内部からかすかな振動が伝わってくる。彼女の時間が、動き始めた——確かに、旅立ちの予兆だった。


 だがその瞬間、心音は時計を閉じた。


心音 「まだ、伝えてない。“好き”って、ちゃんと言ってない」


 彼女は障子を開け、匡の部屋へ向かった。戸を静かに開けると、匡は机に向かって日記を書いていた。


心音 「匡さん」


 その声に、彼は顔を上げる。心音は、震える声で言った。


心音 「今世では、好きと伝えたいって……ずっと思ってた。あなたに出会って、本当にその意味が分かった。だから——好きです。匡さんが、どんな過去を背負っていても……今ここにいるあなたを、わたしは大切に思っています」


 匡は、目を見開いたまま言葉を失っていた。けれど、その表情には迷いはなかった。


 彼は立ち上がり、心音に歩み寄る。そして、言葉少なく——でも、確かな声で答えた。


匡 「僕も、好きだ。……君の笑顔が、僕の時間を変えてくれた」


 懐中時計の中で、針がひとつ進んだ音がした。


 それは、時を越えた恋が、確かに“刻まれた”瞬間だった。

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