42話 闇からの真実

ウィリアムは自分の胸にある不安をまだ拭えずにいた。カラーズを倒したのに、終わったような気がしない。


「ウィル、あの赤いやつは随分と前からいたんだろうか?」

ギルバートの言葉にウィリアムはいや、と答えた。

「俺は聞いていないよ」

色付きを倒したのは久々だったし、あの個体の目撃情報はなかったはずだとウィリアムは答えた。

カラーズなら以前からもっと被害が出ていてもおかしくない。

それなのに、まるで今日誕生したかのようにあの個体は突如ここに現れたような気がした。

新しく生まれたカラーズなのか?そもそもカラーズはどうやって生まれるのだろう。

疑問が湧いてくる。

以前、マシューズが立てた推測。「カラーズはウィリアムたちのようになれなかった"出来損ない"」

ならば彼らは否応なく増える黒いディアヴァルとは違い、作られたもの。


"あの男"の意図か、それとも気まぐれか。

そして、その目的はなにか。


どちらにせよ、冥界で生まれるのならウィリアムやギルバートのように、長い時間が必要になる筈だ。だがカラーズは過去も定期的に表れていた。現れる法則がわからない。


「ウィリアム。まだ胸騒ぎがする」


ギルバートが突然、神妙な面持ちで言った。辺りを怪訝に見回す素振りに、ウィリアムも自身が感じていたものを確信する。

ここへくる前から自分たちを苛んでいた嫌な予感は、カラーズの出現だと思い込んでいたが、違ったのだとウィリアムは気付いた。


どろりとした、気配がした。


それは、ビルとビルの隙間の路地からやってきた。

暗闇の中、「その男」は黒いスーツを着ていてサングラスをかけている。トラウザーズのポケットに片手を突っ込んだまま、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

ここは封鎖地帯だ。

関係者以外は入ってはならない場所のはずだ。

軍の誰も、まるで気が付いていないかのように騒がず、他のモノクルスたちすらまだ男の気配を感じ取れていない。



「グレイ・・・」



ウィリアムは自分の声が震えているような気がしていた。

暗闇から闇の塊のように現れた光景は、一番最初に出会った時と同じだ。

馴染み過ぎた気配。何百年経とうとも、間違いようがない。


感慨


という感情が、自身の中に渦巻いているのを感じている。だが、哀愁ではなかった。ましてや歓喜でもない。

ただ彼の姿を見た途端に、一言では言い表せない長い年月を唐突に蘇らせた。

人だった頃のことなどとうに忘れたと思っていたのに、この男を前にしてウィリアムは自分が無力であった頃を思い出してしまった。

闇から抜け出した男はサングラスを外すと、脇目も振らずウィリアムに笑顔を向けた。

短い黒髪。両サイドに灰色の差し色。品の良い見た目は40代あたりで、引き締まった太い眉に少し垂れた瞳も冴えた灰色をしている。

その顔に、懐かしさを感じる。

この男はいつだって穏やかに笑っていた。

笑いながら人を喰い、人を襲い、人と交わった。

そして何よりもさらに優しく笑い、ウィリアムを抱いた。


だが、彼から愛を感じた事などなかった。


グレイはとても残酷な男だ。彼は誰も愛さない。

そう思い知ったのは、自分が魔物に身を貶した後だった。

彼に全身全霊を捧げ、あれ程の苦難を冥界で耐え抜いたのに、彼はウィリアムの事などまるで最初から存在しなかったかの如く消え失せてしまった。

もしかして自分が戻った事を知らないのかもしれない。と思ったこともあった。

だが、長い時が経ち悟った。グレイは何にも執着していないのだと。

自分はグレイの気まぐれの産物だった。冥界から自分が戻っても、戻れなくても、きっと彼にはどうでもよいことだったのだ。

この男は、ウィリアムを愛してなんていなかった。


「久しいな。相変わらず・・・お前は美しい」


どんなに焦がれても会えなかった、現世に再び現れた男は懐かしい声で言った。

昔なら恍惚となったろうその言葉に、ウィリアムは驚くほどに心を動かされなかった。

ギルバートを振り返る。ギルバートはいかめしく彼を睨んでいた。

顔の造作はとても似ている。

だが、似ていないともう知っている。

ギルバートを知れば知るほど、彼はグレイとは違うとウィリアムは強く思う。

ギルバートからウィリアムに贈られる愛の言葉は、グレイの言葉のような上っ面の軽い響きではない。

逼迫して苦しみさえ感じる重みのある「愛してる」という言葉は、ただ単に愛でられるだけでは得られない。

体の芯まで、心の隅々までもを手に入れようとする、その切実さをウィリアムはギルバートの言葉だけから感じ、受け取ることができる。


だから、大丈夫。


ウィリアムはギルバートの手をぎゅっと握った。手袋越しに感じる、彼の体温に安堵する。

こちらを見たギルバートに頷いてみせた。

俺は、大丈夫だと。ウィリアムはもう、揺らがない。

この悪魔のような男に、自分がやれるものはすべて大昔にやってしまった。

そしてウィリアムは一度空っぽになった。今ここにいるのは以前の自分ではない。

ギルバートが空っぽのウィリアムを隅々まで満たしてくれて、自分は生まれ変わった。


「どうした?数百年ぶりに、"愛している"と言ってくれないのか?」


グレイは圧倒的に優位であるかのように、高飛車な様子でウィリアムに言う。

あんな男に、泣いてすがった事もある。捨てないでと、抱いてくれと。貴方とずっといたいと、懇願した。

だがそれは、もう遠い遠い過去だ。

だからウィリアムは迷いなくグレイに告げた。


「もう貴方を愛していないのに?」


グレイはその言葉に少々面食らったようだった。

ぴくり、と眉を上げて「ほう・・・」と言った。

「反抗期のようなものか?迎えに行かなかったのを怒っているのか?たかが数百年離れた程度だろう?ほら、ウィル、機嫌を直して戻っておいで」

ウィリアムはその言葉に答えなかった。


「あいつは誰よ?」

いつの間にかウィリアムの隣にいたルルが言った。

「もしかして、あれが・・・?」

ギルバートの隣にいるリックが言う。

ロッドも、ウコンもマシューズもいる。

ギルバートがウィリアムの肩を抱く。

ずらりとウィリアムを守るように、仲間たちが並ぶ。

ギルバートはウィリアムの横にぴったりと張り付き、鋭い眼差しでグレイを黙って睨んでいる。


「もったいない」


グレイが周囲に構わず、唐突に言った。

「せっかく美しい赤色だったのに。いいかね、赤い色のは中々生まれないんだ。心の中に相当な鬱憤がなければ赤くならんのだ」

「何を言ってる?あの赤いディアヴァルは、貴方の知り合いなのか?」

ウィリアムの問いにグレイは鷹揚に頷いた。

「あぁ、戯れに作ってみたが・・・・あまり面白みもなかったな。青い目の可愛い男の子だった。お前に少し似ていたかもしれん」


「何て事を・・・」


ウィリアムはグレイの返答に一瞬、茫然とした。何を言っているのか思考が追いつかなかった。だが、冷静になればグレイらしい言動なのだと思い出す。

人間は、グレイにとって獲物以外のなにものでもないからだ。

「今までも、そういう事をしていたのか?」

ギルバートの言葉に怒りが滲んでいた。

カラーズの出自が明らかになったからこそ、ギルバートの反応は当然だった。ウィリアムもまた、ギルバートに同調する。

「何を怒る必要がある?」

グレイはあくまでウィリアム以外眼中にない様子で、ウィリアムに笑いかける。

「ウィリアム、お前は戻った。私への愛のために。あの子は無理だった。それだけさ。私への愛が足りなかったのだ」

グレイに対し、ギルバートが身を固くして

「クソが・・・」と呟いた。


彼は魔物だった。人の心などないとウィリアムは改めて思い知る。

彼が人だったのは、あまりにも遠い過去だった。グレイはただ自分への愛を推し量るために、人間を弄んでいた。

いつか魔物の精神が人の精神を擦り減らしてしまったら、ウィリアムもグレイのようになってしまうのだろうか。


ウィリアムの横で歯軋りをするギルバートを、今やっと気が付いたかのようなグレイが興味深そうに眺めている。

そして品定めなのか、上下にじっくりと視線を動かした。


「ああ、そうか。この前、扉を通ったのがお前か。ほう、、お前は変わった色を持っている」


グレイがいつの間にかギルバートの目の前に立っていた。

全く動いた気配がなかった。

「ふむ」

グレイは鼻をひくひくとさせてギルバートの首のあたりを匂った。

その圧倒的な有り様に、ギルバートは目を見開いたまま凍り付いている。ウィリアムも含め、他の誰もがその場から動けないままだった。


「くっ!」


ギルバートがやっと我に返り、鎌を振るった。

だが鎌は虚しく空を裂いたのみだ。

グレイはまた、元の位置に戻っていた。


「銀色が出るとはな。面白い。お前は、私と血が近いのだな。どこかで繋がっているようだ」


「なんだと!?」

グレイの思わぬ言葉に、ギルバートが大声で叫んだときだった。


「撃て!」


ウォードの声と共に、グレイに銃弾が降りかかった。会話中、密かにグレイを取り囲んだ軍が一斉にグレイに向けて射撃を開始したのだ。

だが彼はひらりと高く跳躍し、銃弾を簡単に躱すと5階建ての建物の屋上まで一気に飛び上がりそこに舞い降りた。


「邪魔が多い。今日は出直そう。また改めて」


「待て!グレイ!」


ギルバートとウィリアムが追う。

だが遅かった。二人が屋上に到達した時、もうその姿はどこにもなかった。






本部へと戻る車の中では、誰もが押し黙ったまま口を開こうとしなかった。

「あれが、グレイか」

マシューズがそうとだけ言った。

ウィリアムは「そうだ」と短く答える。

グレイの姿を見たのは何百年ぶりだろう。

400年以上は経つだろうが彼はまったく何も変わっていなかった。

ウィリアムはグレイに会えば、どういう感情になるのか自分でも予測できないでいた。

だが驚くほどウィリアムの心は凪いでいた。


ギルバートの手が、ウィリアムの手に重なった。隣にいるギルバートの顔を見上げると彼は心配そうにこちらを見ていた。

「大丈夫か?」

「うん」

きっとギルバートがいるからそう思えるのだろう。手短に答えて、ウィリアムは思考に沈む。

「なぁ、ウィル、アイツが言ってた事、本当だと思うか?」

「なにが?」

「俺と血が近いと」

ああ、とウィリアムは思い出す。

グレイがギルバートの匂いを嗅ぎ、突拍子もない事を言っていた。


「グレイと君は、祖先が一緒なんだろう。だからこれほど似ているのだろうね」


ギルバートの言葉を受けて答えたのは、マシューズだ。

彼もグレイの言った言葉を聞き留めていたらしい。

「俺とあいつが?馬鹿な」

「どう思う?ウィリアム」

マシューズは話をウィリアムに向ける。ウィリアムは一つ息をついてから話し出した。

「俺もそうじゃないかと思っていた。ギルとグレイは魔物としての気配がとても似てる。それに、俺は魔物の力や毒気を制御するのに随分かかったのにギルは20年足らずでほとんど完璧に制御してるし、力も俺より強い。グレイと同じルーツだとすれば納得できる」

ウィリアムの言葉に、「冗談じゃない」とギルバートはかなり嫌そうに顔をしかめた。

「関係ないさ。お前はお前だ、ギル」

「ウィル・・・」

ウィリアムが繋いでいる手を揺らすと、ギルバートはウィリアムの言葉を噛み締めるように何度も頷いた。


「だが、今はそれよりもだ」


マシューズが改まって言った。

「赤いディアヴァルは、どうやらグレイが生み出したもののようだね」

「意図的に?」

ルルが声を上げた。

「だろうね、彼のあの言葉はそういう意味だと思う。彼はカラーズを創っているんだ」

「カラーズが他のディアヴァルと違うのは、ウィリアムのようにグレイの血で創られたからということか?」

ロッドがマシューズに尋ねる。

「そうだと思う」

マシューズの頷きに、荷台の中はまた静かになった。

誰もが事の重大さに気が付いていた。


「なら、グレイを殺さなければ、殺戮が目的のカラーズは増え続ける」


ギルバートが重々しく言った。

「あいつを?動きも全然見えなかったし、あれだけ撃ち込んだのに無傷で逃げられたわ。それを倒せるの?」

ルルの悔しさからくる不機嫌な言葉に、誰も答えなかった。

グレイの強さはあの一瞬で皆に伝わった。あの男はとても危険な存在なのだと。

「だが、やらないと」

そんな中、マシューズが穏やかに言った。

「カラーズの被害は大きい。確かにグレイは強いと思うけど、僕たちにはグレイにはない大きな武器がある」

「武器?」

ウィリアムが問いかける。


「結束だよ」


マシューズは答える。

「全員で力を合わせればカラーズにも勝てた。グレイにだって対抗できると僕は信じている。ウィリアム、ギルバート。それには君たちの力は絶対に必要だ」

その場の全員が、仲間のディアヴァル二人に頷いてみせた。

マシューズはウィリアムをしっかりと見る。


「ウィリアム、君とグレイとの因縁は大まかに知っている。君は彼を・・・躊躇なく倒せるかい?」


ウィリアムはその言葉に、迷わず決然と顔を上げた。

グレイに命を救われ、彼に身を焦がした事もある。

けれど今は、もっと確かな愛情と絆が自分にはあった。

ギルバートと共に、人を守りたい。そう思えるほど、ウィリアムは仲間たちを愛していた。

自分がしなければならない事は、明白だ。


「できる。俺は、グレイを倒す」


言い切ったウィリアムの髪を、ギルバートは優しく搔き回して頭を抱き寄せた。


「よし!ヤツをやっつけようぜ!」

リックが意気込み、「俺たちの世界で好き勝手はさせねぇぜ」とロッドが頼もしく言い、皆が同調した。

そしてギルバートはウィリアムの髪に口付けた。

「だから、、そういうの止めなさいよ、、ったく、士気が落ちるわ」

ルルが呆れたように言って、皆が笑った。

「とにかく、時間の猶予はあまりないだろう。グレイがどう動くか予想は難しい。皆、今日はよく休め、明日からもっと忙しいぞ」


マシューズの言葉に、モノクルスたちは力強く頷いた。

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