8月23日

「客のピークは終わったか〜?」

 渚が束沙の方を向く。

「うん、……もう日が暮れかけてるから、皆、移動し始めてるね」

 束沙の視線の先で、人の波が一方向へ緩やかにうごめいていく。老紳士が2人に微笑んで言う。

「二人とも、もうあがって花火見に行っていいよ」

「え、でもまだチョコバナナ残ってるよ?」

「あとはワシ一人でもどうにかなるからね。折角の祭りなんだ、最後の花火だけでも楽しんでおいで」

「お〜! ありがとっ、おじいちゃん!」

「ありがとうございます」

 テントから抜け、渚は人波と逆の方へ歩き出し、束沙は軽く首を傾げる。

「あっちじゃないの?」

「ん〜、そっちでもい〜んだけど、人多すぎて動きづらいんだよ」

 渚はニッと笑う。

「束沙が気に入りそうなとっておきの場所があんだけど、今からでも行かね?」

「じゃあ、道案内は頼んだ」

「おうよ!」

 少し歩いていっただけで人が少なくなっていく。渚は束沙の様子をうかがうように言う。

「……なぁ、昨日の、束沙の中学んときの話、聞いていいか?」

「……少し長くなる、というよりはまとまりがないかもしれないけど、それでもいい?」

 しっかりと頷くのを見てから話し始める。

 中学二年生のバレンタインデーに、学年一の美女ってうたわれていた人に告白された。でも僕は女性と、ましてやほとんど知らない人と付き合いたいとか思ってないから、すぐに断った。

「え……今、なんて……?」

「そう言ってもらえてうれしいし、本当に申し訳ないけど、付き合えないです」

「うそ……うそでしょう? ……だって、私、学年で一番きれいで、それで、それなのに……」

 よくわからないことをブツブツ言って、急に走り去って行った。

 その子は学校を一週間くらい休んだ後、登校してから僕に関する、悪口みたいな、フラレた理由をでっち上げて話し始めた。そのうちの一つが、僕が同性愛者だっていうものだった。

 告白してきた女子を好きだった男子はたくさん居て、そのうちの一人が昨日来たアイツだったらしい。僕が告白される前から、小学生の頃からずっと好きなんだっていうのは言ってたんだ。それで、アイツは女子の話を信じて僕を孤立させ始めた。アイツはアイツで周りを巻き込むのが上手かったし、三年になってからアイツと同じクラスになったこともあって、僕は一人で過ごしてたんだ。

「……まぁ、唯一良かったのは、小学生のとき好きだった人は違う中学ですでに接点がなかったことかな」

「……否定はしなかったのか」

「否定してもどうしようもないだろうって思ってたし、実際事実もあるから完全に否定はできないんだよね」

 束沙は眉を下げて微笑む。

「……話してくれてありがと。いろいろ、ホントに辛かったんだな」

「そこまでじゃないよ」

「いや、キズは残ったままなんだろ? ならそこまでじゃないわけないじゃんか」

「……なんで渚は悔しそうなの?」

「だって、ムカつくじゃねぇか!」

 叫んだ瞬間、花火の音が響いてくる。束沙は微笑んで言う。

「とりあえず、花火見ようよ」

「……それもそうだな。束沙、こっち!」

 会場から少し離れた橋の下に降りる。他に人は居ない。

「少し遠いけど、静かに見るにはもってこいだろ?」

「確かに、よく見つけたね」

「去年遠回りして帰ってたら見つけたんだ〜。俺だけじゃビミョーだと思ったけど……」

 束沙は花火を眺める。楽しめてるみたいで良かった。

「……」

 少し色素の薄い髪に、静かな闇を湛えた目に、遠いはずの色がはっきりと入り込む。惹き込まれるほどにキレイで……。

「……渚?」

「……あ、ん、どした?」

「いや、なんか見られてる感じがして」

「ん〜、気のせいじゃねぇかな〜?」

 渚は視線を逸らして光源を眺める。

「……花火、きれいだな」

「そうだね」

 最後の1輪がその一生を終えるまで、2人は並んで祭りの余韻を静かに楽しんだ。

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