君が知らないリトライ 〜仲間が死ぬ度に時間が巻き戻るので全員生存ルートを見つけたいのに、ヒロインの性格属性がたまに変わるので困ります〜
夢見戸イル
何度目かのはじまり
1.ループと変化
「そうか。俺が死ねば良かったんだ。そうすれば、全てが解決する」
目の前に立つ大好きな彼はそう呟いて、私達を見た。
「ごめんね。今まで散々振り回して。痛かったよね。苦しかったよね。大丈夫。もうこんな時間は終わらせるから」
彼はいったい何を言っているのだろうか。彼と旅をしてきて、痛かったことも苦しかったことも一度もない。だって、彼が私達のことを何度も何度も守ってくれていたのだから。
「俺、皆と一緒に旅できて良かった。皆のこと、大好きなんだ。だから、もう俺の都合で皆を振り回したくない」
「待って……!」
私は彼に手を伸ばす。私だって、彼のことが大好きだ。私が旅について行ったのも、彼と一緒にいたかっただけの、ただの口実。しかもその旅が彼を笑顔にするためのものならば、こんなにも嬉しい事はないと、ただ純粋に思っていたのだ。
なのに……。
目の前の彼は、赤黒い光に包まれた。その光が消えた瞬間、彼は人形のように倒れ込んだ。
彼が何をしたか、どうなったか、先程見たもののせいでわかってしまう。けれども、頭は理解することを拒んだ。
「いやだ、いやだ。ねえ、何か言ってよお……! クロノ……!」
触れてももう動かなくて、けれどもまだ確かに残る体の温もりが、ただ気を失ったただけだと期待してしまう。その期待が、余計に事実を受け入れられなくて自分の首を絞めていく。
『皆のこと、大好きだから』
クロノはそう言った。
ねえ、クロノ。だから死を選んだの?
全部全部、私達のため?
こんなことなら、あんな態度取らなきゃ良かった。どうして、どうして私は……。
後悔しても、もう遅かった。
◆
空から差し込む光に、俺、クロノは悪夢から覚めたように目を開く。目に飛び込んできたのは、自宅のすぐそばにある森の中の木々たち。
この景色も、もう何度目だろうか。毎回ここから始まるから、木の位置も、薬草やキノコの場所も、完全に脳に焼き付いてしまっていた。
けれども、じっとしている暇などなかった。正解のルートに進むために、次に起こる出来事は、同じ時間、同じタイミングで同じ事をしなければならない。
だから俺は、採取物で満タンになった鞄を持って、街の中心部へと向かった。
俺はこれから、貴族に売られそうになっているリトラという少女を助けに行き、そして彼女と旅に出る。何故それがわかるのか。それは、俺が何度もこの時間を繰り返しているからだ。
時間を繰り返している理由は俺にもわからない。ただ一つ言えることは、これから仲間になる誰かが死ぬと、この時間まで巻き戻るということだ。
初めて巻き戻った時の事は鮮明に覚えている。死んだはずのリトラを見た瞬間、思わず泣いてしまった。それ程までに、大切な仲間だった。
二回目のループで、仲間の誰かが死んだ時に時間が巻き戻るのだと気付いた。だから俺は、全員生存で幸せになれるルートを探すと決めた。
街の中心部に行けば、記憶と変わらず賑わっていた。
俺も住むニヒルダという街は、何の特徴もない小さな街で、他の街と同じようにギルドという団体が街を管理している。そこで、人々は様々な依頼をこなし、お金を稼いでいる。
その日も、俺は集めた採取物を納品しに行く予定だった。そうして、少しでも家族の家計を楽にする。そのために生きていたはずだった。
目の前を、一つの檻のような馬車が通る。そこで、一人の白髪の少女と目が合う。
ぼさぼさの髪で助けを求めるような目で俺を見る少女に、あの日の俺は死んだ妹を重ねた。そして俺の体は、いつの間にかその馬車を追っていた。
別に、貴族に買われる平民は珍しくなかった。魔力が全てのこの世界で、魔力の量が多い者を貴族は欲した。特に跡継ぎがいない家では、男を中心に魔力の多い平民を探した。
寧ろ貴族になって良い暮らしをするために、ギルドでランクを上げ、敢えて買われる者もいた。基本的には、貴族に買われるということは名誉な事だった。
ならば、何故馬車に乗る少女は檻に閉じ込められ、そして助けを求める目をしていたのか。それは、彼女が回復魔法の使い手だからだ。
回復魔法の使い手は、基本的に一人では戦えない。そのため、抵抗できない回復魔法使いの女性を攫い、貴族に売りつけ稼ぐ者がでてきた。買った貴族も、彼女らを慰み者として扱った。そして子ができ、子の魔力が弱ければ彼女らを追い出した。
この事は、平民の間でも有名な話だ。だからこそ、回復魔法の使い手はギルドのパーティに所属するか誰かと結婚するまで、自分の魔法を隠して生きていた。
俺は、少女の乗る馬車を追って、人目に付かないよう街を出た。
理由は二つ。周りに見られて、余計なトラブルに巻き込まれないため。そして、特殊な自分の魔法を人に見られないため。
「ブラック ミスト」
俺はそう言って、その馬車を黒いミストで覆う。
「シャドウ ワープ」
俺は、影に潜り、そして影となっている馬車の檻の中に入った。そして、少女が声を出さないように口を塞ぎながら背中から抱きしめ、そして少女と一緒に再び影の中に潜る。
そうして俺は、少女、リトラを檻の中から助け出した。
ここまでは、前回と同じ。いや、最初から全て同じ。黒いミストが消えた後、リトラを誘拐した男たちは混乱しながらも、リトラを見つけ出すことはできない。
けれども、ここからは何かが変わるだろうと、俺は予感していた。運良く、記憶力だけは異常に良い。だから、俺がいつ、何をして、何を言ったか、そしてそれにより誰がどんな行動を取るのか、繰り返していくうちに完全に覚えられた。
だからこそ、何十回目かのループの時にリトラの行動が変わったことも、すぐに気が付いた。いや、性格そのものが変わっていたのだから、誰でも気付くだろう。
そして今回も、前回までとは明らかに行動が違っていた。
俺は、いつものセリフを言おうと口を開く。
「大丈夫? もう君は……」
「別に、助けて欲しいなんて頼んでないんだから!」
けれども俺の言葉を遮って、リトラはそう言った。ここまでツンツンしているリトラは初めてだ。
「そっか。ごめんね。念のため、あっちにニヒルダっていう街があって……」
「別に感謝なんかしないわよ!」
そんなリトラに苦笑いしながらも、俺は今後の事を考える。リトラの様子を見るに、今回は旅に付いてこないかもしれない。
別に、それはそれでありだと俺は思う。リトラは、馬車から助け出せたら、後は俺が関わらなくても良い。寧ろ、俺と旅に出たからこそ危険な目にあい、時には死んでしまう。ならば、ここで別れても問題無いだろう。
そう思って、俺は口を開く。
「わかった。じゃあ、俺はもう行くね」
「……っ。ま、待ちなさいよ!」
リトラに背を向け歩き出そうとした俺の腕を、リトラはどうしてか掴んだ。
「け、怪我してないわよね!? 怪我してたら今すぐ言いなさい! 私、回復魔法使えるから、今すぐ治せるんだから!」
「あ、えっと、大丈夫……」
「ほんとにほんとよね!?」
「うん。気になるなら俺の体見ても……」
俺がそう言った瞬間、リトラはバッと手を離して、そっぽを向いた。
「べ、別に心配なんかしてないんだから! ただ助けてもらったのに後味悪いのは嫌なだけ!」
リトラはそう言いながらも、目は心配そうに揺れていて、俺は思わず噴き出した。
これは、俗にいうツンデレというやつだろうか。
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